「勝手すぎだよっ」
「…うん」
「私、本当になにもしてないっ」
「ううん」
慶兄はふっと笑いを漏らしながら、目を細めて私を見つめる。
色素の薄い瞳に、私のグチャグチャな顔が写り込んでいる。
慶兄は、いつもこの瞳で、優しく私を見ていてくれた。
「俺の隣で笑っててくれた。好きになろうと俺を見てくれた。十分それで満足だよ」
私の気持ちが、私には分からない。
慶兄と別れる事が、辛い。
それは好きだから?
一人になるのが……嫌だから?
慶兄との数ヶ月の思い出が蘇る。
どこか遠くへ行った訳ではないけれど、いつも楽しかった。
美春のウエディングドレスを作っている時も、私より上手いんじゃないの?と言う程、裁縫も丁寧に仕上げてしまうし。
むしろ、嫌味も文句さえ何も言わずに、二人で楽しめた。
やっぱり料理だって上手いし。
どんなに疲れていても、それさえ気にならない程私を優先させてくれた。
いつも私を立ててくれた。
そして、いつも優しく抱き締めて、いっぱいの優しさをくれた。
「自分の気持ちに素直になれ。ももは瑠衣斗が好きなんだろう?だいぶ悔しいけど」
「……でも」
「でもじゃねぇー。ま、あいつも素直じゃねーし、頑固だけど、兄貴としてもいい奴だと思うぞ?」
そんな事話したいんじゃない。
違うよ……。慶兄の気持ちが聞きたい。
「慶兄……幸せだった?本当に幸せだったの…?」
じっと見つめた私を、慶兄が見つめ返す。
少しの変化も見逃さないよう、じっと慶兄の言葉を待った。
「……幸せ…すぎたかな」
目を逸らさず言った慶兄の言葉に、嘘は感じられなかった。