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それはちょっと前までは綾乃自身ですら予想もしていない行動だった。

さっきまで続いていた世間話が途切れた時……ふいに綾乃はポツリと呟いた。


「先生? あたし先生のこと好きだよ? 知ってた?」


しばらくの沈黙。

窓から聞こえる蝉の声だけがこの部屋の空気を震わせていた。



それまで机に向かっていた椅子をクルリと回して、先生は横に立っている綾乃の方へ体ごと向いた。

二人は真正面で向き合う形になる。

先生は四角いメガネの向こうから、綾乃の目を見据える。


「知らなかったよ」


憎らしいぐらいに顔色一つ変えず、いつもと変わらない落ち着いた余裕を見せる先生。

そんな先生を見ているとなぜだか悔しくてたまらない。



綾乃は先生のまっすぐな視線から逃れたくて、意味もなくクルクルと髪を指に絡みつける。


なんとかして余裕のある態度を保ちたかったけど、ほんとは心臓が破裂しそうなほどバクバクと激しく動いていてる。

でもそんなことには絶対に気づかれたくない。


「ウソつき」


つい口から出たのはそんな憎まれ口だった。


先生はプッと吹き出すと「武田にはかなわないなぁ」と言って机の引き出しからタバコとライターを取り出した。

そしてタバコに火をつけて一息吐き出すと

「じゃ、ちゃんと話聞こうか」

そう言ってとなりの席の椅子を綾乃に勧めた。


綾乃の足はガクガクと震えていて、さっきから限界だった。

まるでストンと落ちるように椅子に腰かけた。


「先生……あたしのことどう思ってる?」