ケータイ恋愛小説家

バタンッ


トイレのドアが閉まる音が響く。

あたしは綾乃によって、またトイレに連れ戻されてしまったのだ。


「日向ぁ……大丈夫?」


「ほえ?」


綾乃は呆然とするあたしの目の前にズイッと近づくと、フーっとわざととらしいぐらいの大きなため息をついた。


「さっきから、隙だらけ。見ててハラハラするよ」


「隙…だらけ……? あたしが……?」


ウンウンと頷く綾乃。


「……となりの、あごひげ!」


綾乃の言葉に、ビクンと体が反応するあたし。


「……まさか、いきなり『恋しちゃった!』とか言わないでよ? さっきから日向の目、ハートマークになってるよ」


「ええええ! やっぱり?」


あたしは、慌てて鏡を覗きこむ。

ハートマーク……?

なってるかなぁ……?


「あのさぁ……」


綾乃は腕を組んで鏡越しに呆れ顔をあたしに向けた。
「相手は大学生なんだよ? 本気で女子高生と付き合いたいなんて思ってないって!」


「ええっ……?」


「そもそも合コンに本気で彼女見つけにきてるヤツなんかいないよ? みんな彼女の一人や二人ぐらいいるって。『今日一日楽しけりゃいいじゃん』ぐらいのノリなんだってば!」


「そ……そういうもん?」


「うん。日向は無防備すぎるの。いい? 甘い言葉をいちいち真に受けてどうすんの? 簡単に落とせる女なんて、男にとっちゃ都合が良いだけで終わっちゃうよ? 男なんてもったいつけるぐらいでちょうど良いんだから」


「う……うん」


あたしはゴクリと唾を飲み込んだ。

もったいつけるぐらいでちょうど良いかぁ……恋愛のかけひきってヤツよね。

さすが綾乃!

メモメモ……

あたしは綾乃の言葉を心のノートにメモる。



「……て、聞いてる?」


ぼんやりする、あたしの耳元で、綾乃がさっきより声のトーンを上げた。



「はーい……わかりましたぁ」


そう言うと、あたしはまだ心配そうにしている綾乃を残して、一人でトイレから出た。


さっきとは違って足取りが重い。


そうだよね……。

ちょっと舞い上がり過ぎだったかも……。


あたしは俯きながら廊下を歩く。

ちょうど部屋の前に近づいた頃、誰かの足が視界に入った。

そのままゆっくり視線を上げる。







「……大輔君……」


大輔君はドアのすぐ側の壁にもたれ掛かって、タバコをふかしていた。


うきゃあああああ。

こんなの不意打ちだよぉ。

油断してた……。

まさか、部屋に戻る前に出会うなんて。

予想もしなかった場所で彼を見たことに、またドキドキしてしまう。


「おかえり」


首を傾けて、ニッコリ微笑みながらそう言う大輔君。


「ヒナちゃんが戻ってくるの待ってたんだ」


「えっ……」


「あのさぁ……」


大輔君はそう言いながら、片方の手を壁について体をあたしの方へ向ける。

ちょうどあたしがその先に行けないように、“とうせんぼ”する形になった。

そして、ほんの少し腰をかがめてあたしの目を覗き込む。

その距離は、10センチぐらい。

タバコの香りがほんのり感じられるぐらいの距離。

あたしの鼓動はまた一段と早さを増す。


「抜けない?」


「へ?」


突然の言葉に思わず間抜けな返事をしてしまったあたしに、大輔君はにっこり微笑んで言った。





「オレ、ヒナちゃんと二人っきりになりたいな♪」
……ごめん、綾乃……。

あたしは心の中で綾乃に謝った。



「ハイ。どーぞ」


部屋のドアを開けて、あたしに中に入るように促す大輔君。


そう。

あたしは今、大輔君のマンションの部屋の前に居る。

大輔君に誘われた瞬間、トイレで言われた綾乃の言葉はすっかりどこかへ飛んで行ってしまったのだった。

あたし達二人は合コンを抜け出した。


これって……


俗に言う、“お持ち帰り”ってやつ?


ど、どうしよ……。

初めての合コンで、お持ち帰りされちゃったよぉ。

今なら、まだ引き返せるよね。

どうする?

どうすんの……あたし。


「ヒナちゃん?」


玄関前で固まっていつまでも動こうとしないあたしに大輔君が声をかけた。


そして、そっと肩に手をやって

「どーぞ。掃除してねーから、かなり汚いけど」

そう言って、いたずらっぽい表情をする大輔君。

ヤバい……。

あたし、この悩殺笑顔に弱いんだよね。


でも……。

こんな簡単に男の人の部屋に入っていいもんなの?


ん?

ちょっと待てよ……?

そもそもあたしが合コンに参加した理由はなんだっけ?


そう!

それは、生身の男を知って、小説のネタにさせてもらうこと!

そうだった!

当初の目的をすっかり忘れていたよ!


これは取材なのよ!

うん!


一人で納得したあたしはゴクリと喉を鳴らすと


「お…おじゃましますぅ」


そう言って、禁断の男の部屋へと一歩足を進めたのだった。
「適当にどっか座って」


大輔君の部屋というか……男の人の部屋というのは、想像以上に汚かった。

足の踏み場もないとはまさにこのことだ。


「どっかって言われても……」


あたしはキョロキョロとあたりを見渡す。

8畳ほどのスペースは、雑誌や漫画、衣類、DVDその他もろもろで埋め尽くされている。

唯一座れそうな場所は……

あたしはチラリと視線を動かす。


「あ。ベッド座って良いよ?」


大輔君に促されたあたしは、そのままストンとベッドに腰掛けた。


へ?


ベッド?


これって、ヤバくない?

ひょっとして……確信犯なんじゃないのか?

と思った瞬間……

あまりにも自然に大輔君もあたしのすぐ横に腰掛けてきた。

そして、あたしの方を見つめながら口を開く。
「てか、意外だったな」


「え……?」


「誘っといてなんだけど……。まさか、ほんとに来てくれるとは思ってなかったんだよね」


え?

そうだったの?

ついて来たのは間違いだった?

これって、相当軽い女だって思われてるよね。

ち…違うの……。

あたしが部屋に入った理由はね……。


「なんつーの? ヒナちゃんって、純情キャラじゃん? だからさ」


やだ。

誤解されそう。

あのね…。

あたし……



あたし……


あたしは、じっと大輔君の顔を見つめた。


ちょっとの後悔と不安……それから極度の緊張にかられたせいか、涙腺が緩み、目がうるうるしちゃう。


「あたし……」


あたしはゆっくりと口を開いた。


「ん?」


大輔君は優しい目であたしの話を聞こうとしてくれてる。


あたしはうるんだままの瞳で大輔君の目を見つめ続ける。


「男の人のこと知りたいの……教えて?」

(小説のために……)


あたしがそう言った瞬間、なぜか大輔君の喉がゴクリと動いた。


そして……


「きゃ……」


両肩を掴まれたかと思ったら、そのまま一気に後ろに倒された。
あたしの顔のすぐ上に大輔君の顔がある。


大輔君は何かを確認するように、黙ったままあたしを覗き込み、それからゆっくりと顔を近づけてくる。


あ……

あれ?


これって。

この状況って。


あたっ……あたし、セリフ間違えた?


確かに、男の人を知りたいって言ったけど!

それはあくまでも小説のネタのためなの!

男心の微妙なとことか、男性の仕草とか行動とか……まずはそういうとこから知りたいわけで。

出会っていきなりこうなりたいってわけじゃないんだよぉ……。



だんだん彼の唇が近づいてくる。


このままだとキスされちゃう。


あたし、とうとうファーストキスを経験しちゃうの?
大輔君はあたしの王子様だもん。

願ってもないチャンスのはず!


なのに……


なのに……



やだぁあああああああ!

唇が触れそうになった瞬間、あたしは顔を横に向けた。

そのせいで、大輔君はあたしの首筋にキスをする格好になってしまった。


「ひゃぁ……」


思わずヘンな声がでちゃう。

ひげが首筋に触れてくすぐったいよぉ。


大輔君はそのまま、あたしの首筋に唇を這わせる。

その位置は次第に下がっていく。


そして……


「あ……」


大輔君の手が服の上からあたしの胸を触った。


や……やだ、やだ!

あたしは、大輔君の下で体をよじって、なんとか逃れようとするものの、まったく動けない。

あたしが動こうとすればするほど、彼の右手の動きも激しくなっていく。

大輔君の体は熱でもあるのかなってぐらい熱く、息が荒い。