――しゃん、しゃん。


鈴の音のような――雪が降り積もる音のような――。

私の耳に届いたのは、まずそれであった。
続いて水音――波の音が聞こえ始める。
いずれも静かな音である。普段、聴くはずもない音である。微かな風に体を震わせ目を開くと、目の前に広がりゆく光景は私の想像を絶する――理解の出来ない光景であった。

「――あ…」

何かに気付いた訳ではない。
自然と出た最初の声がそれであっただけだ。
喉が渇いている所為か声がくぐもる。乾燥した唇を舌で舐めると、僅かだか潮の味がした。


目の前は、海だった。
よく目にする海ではない、青と言うよりは黒に近い色彩を放っている。その海の色に負けじと接する空は黒く、水平線に向かい、まるで吸い込まれるように群青の雲が流れている。
夜の様だが星や月などの光明はなく、白い砂浜の輝きだけが目に映る光景を説明しているようだ。

私は――この光景を知らない。

しかし――理解はそう時間を掛けずとも出来た。



「ああ――遂に」

来てしまったのね。

声になっていたかどうかは瞭然としないが、私はそう呟いた。

――遂に。

遂に追い来てしまった。

ここが――境なのだ。