私は、この男の名前も歳も仕事も何も…知らなかった。

聞いたところで、それは別に何の意味もない。

名前が太郎であろうが、次郎であろうが…歳がいくつであろうが…どうでもよかった。

直也の穴埋め、直也への腹いせ、直也の代わり、直也の…直也の……。


イタリアン「ボルサリーノ」

その店は、こんな所にと思われるほど、ラブホテル街にぼつんとあった。

席はテーブル席が五つあるだけ、もう既に四組のカップルが座っていた。

各席にキャンドルが置かれ、ジャズが流れている。

私は周りを見渡した。

幸せそうな恋人達が四組…お互いに名前さえも知らない私達よりも、少なくとも前に進んだカップルには違いない。

私の視界に今いる、この男…名前聞くべきか…どうしよう。

でも、それ以外に話す事も思いつかないし…取り敢えず、名前聞いておこうとした時、向こうから先に話し出した。

「遅れたけど…俺、前田聡(さとし) 君の名は?」

「野田亜紀子…」

前田聡って…イニシャルで言えば…SM?

SM……学校時代…多分からかわれていそう…私は思わずおかしくなった。