周囲の空気が密度を増した。

重く、冷たく、息苦しく、突き刺さるような空気。

視界が歪む。

藤田の放つ殺気の為せる業だった。

この気配…今度は本気で来る。

藤田は四郎を殺すつもりで平刺突を放つ。

幕末を生き抜いてきた者達にとって、本気とはそういう事。

いつだって命懸けの戦いを繰り広げてきた彼らにとって、本気で技を繰り出すとは、命のやり取りに他ならない。

「嘉納治五郎に遺書は書いてきたか、西郷四郎」

藤田が前傾姿勢をとる。

「いえ…」

止まらない冷や汗を拭いもせず、四郎は答えた。

「書いていません…藤田さんを倒して…僕は講道館に帰るつもりですから」