警視庁武術大会を境に、四郎の周囲は大きく変わった。

それまで武術界を牽引していた柔術を破り、頂点となった嘉納流柔道。

その一門で最強とさえ謳われる西郷四郎。

師・嘉納治五郎も彼に全幅の信頼を寄せ、いずれは己の後継者として講道館を継がせる気でいた。

四郎もまた、その申し出は身に余る光栄だと考えていたし、嬉しくも思っていた。

だが…。

心の奥で何かが淀む。

恐らくは四郎に勝てる者など、最早柔の世界には存在しないだろう。

事実講道館に来る道場破りは全て四郎が相手していたし、そのことごとくに勝利もしていた。

その度に思うのだ。

このような緊張感のない戦いに何の意味があるのかと。

このような戦いで自分は大成するのかと。