「事業をしている家に生まれた宿命とも言いましょうか…。
未礼自身も、いずれは嫁に出る覚悟でいるようですが、どうもまだ結婚自体が現実的でないといいましょうか、ピンときていない様子で…。
まだ17歳ですから仕方ないのでしょうけど。
ですので、私としましてもすぐに結婚しなくてもよい、せかしたくないと思っていたんです」


私は時折あいづちを打ちながら、光寿氏の言葉を聞いていた。


「ですが、祖父心としては、どうせ嫁に出すなら、最高に条件の良い男を選んでやりたいと思ってましてね。
条件の良い男と一緒になれば幸せになれるというわけでもないんですけれども…、やはり幸せになって欲しいわけです」



おそらく、未礼のことを一番大事に思っているのは、私の目の前にいるこの人なのだろう。


光寿氏の、温かさのにじみ出る声の端々から、未礼を慈しむ思いが汲み取れる。



「…言い方は悪いかもしれませんけどね、啓志郎くんのお祖父さんからこのお話をいただいた時、
これ以上の相手はいないだろうと、そう思いましたので、お受けすることにしたんですよ」



「それに私は、啓志郎くん自身が気に入りました」
光寿氏は、にっこりと笑った。

そして真摯な口調で、
「どうか、未礼を頼みます」
私に対して深々と頭を下げた。


「はい、お任せ下さい」

正座した膝の上に置いたこぶしを握りしめ、はっきり言いきって見せると、光寿氏は、満足そうにうなずき返した。



だが正直なところ私には、未礼を幸せにするだとか、そんな高尚な気持ちはこれっぽっちもなかった。


確かに未礼を取り巻く現状は、気の毒であると思うが、今の私には同情している余裕などない。


未礼を、親戚一同に堂々と紹介できるような女にすることを考えるだけでいっぱいいっぱいだった。



未礼の幸せを一番に望んでいる人の前で、力強く返事をしておいて、私は自分のことしか考えていなかった。







正式に婚約が成立したわけではない状態で、我ながら無茶な申し出だったにもかかわらず、未礼は私の思惑など、おそらく何も疑うことなく、のこのことついて来た。