「お返しだ」

優留は、笑いながら言った。


「お返し?何のだ?」
私は、怪訝に返す。


「啓志郎、力ついたよな」

「力?」


「驚いたよ。この私が振りほどけないとは。屈辱的だった」


優留は、自分の手首をまじまじと眺めている。



亀集院の三男坊の会社でのことか。
優留を連れて帰るため、優留の手首をつかんだときのことを言っているようだ。


優留も武道をたしなむ身。

力にも自信があったのだろう。
押さえこまれ、屈辱だったようだ。


「いつの間に、そんなに力が強くなったんだ?」


「力がついたのかどうかは、まだ分からぬが…。
あれは合気道だ。力を使わずとも押さえられるコツがあるのだ。
習ったばかりだったが、まさか、こんなところで役に立つとはな」


やれば、必ずどこかで成果は現れるものなのだ。



「お前、合気道もやってんのか」


「未礼を守るためだ」


「…ふぅん。守る、ね」


「私はまだ子どもだ。どれだけ身体を鍛えるため精進しようとも、しょせん大人の力には敵わぬ…。
だが、今の私は、最低未礼だけでも守れなければならぬのだ」


「…なんだ。ジイさんや伯父さんが決めたから従ってるってだけじゃなくて、何だかんだで未礼お嬢チャンのこと気に入ってるみたいだな、啓志郎」


「共に生活しておれば情くらい移ろう」


「…お前、変わったな」

優留がフッと笑った。
微笑ましいものでも見るかのように。


変わった?
私が?
どこが?




「優留ちゃーん、タオル……って、啓志郎くんまで?!」


タオルを手に走ってきた未礼の姿を見て、
優留は何かを思い出したかのように、私を見た。


「…ああ、そうだ、啓志郎。
知ってるか?」


優留がこそっと、耳打ちしてきた。


「何を、だ?」


「なんで未礼お嬢ちゃんが、お前の婚約者として選ばれたのか」




私のそばを、白い鯉が、ゆったりと横切った。