「ちょっと借りるわよ」

 鎧の一族が引き上げると、貴沙がそう切り出した。

 猛烈に退屈したのだろう。

 早紀の身体を、勝手に使って大きく伸びをする。

 真理は、視線で彼女に問いかけた。

 どこに行く気か、と。

「今朝、屋敷を漁ってたらいいものを見つけたから、早紀の部屋に放り込んどいたの」

 貴沙は、ホウキに腰かけるようなゼスチャーをする。

 空を飛んで、外に出かけようというのか。

 軽率な行動だ。

 限定解除して解放者になったとは言え──真理の思考を、貴沙が手のひらで止める。

「あたし”ら”を見つけるのは、生半可じゃ無理よ」

 無用な心配だ。

 そう言うのである。

 真理は、早紀を見た。

 いま、彼女に身体も唇も受け渡しているようだが、本人も了承していることか確認しようとしたのだ。

「大丈夫…すぐ戻るから」

 真理の視線は、うまく伝わったようだった。

 ふぅ。

 よくよく考えれば。

 行き先など、そう沢山あるわけではないのだ。

 どうせ。

「…花がいるなら、庭のものでも摘んでいくがいい」

 真理には、理解できることではなかったが、頭ごなしにやめさせるものでもなかった。

 貴沙は、ハンと笑った。

「馬鹿ね…」

 その親指が、自分の胸を指す。

「馬鹿ね…あたし以上の花が、どこにあるっていうの?」

 そして──1時間後。

 戻ってきた彼女からは。

 ほんの少しだけ。

 消毒薬の香りがした。