「貴沙?」

 その異様な光景を、葵はどう見ていたのだろうか。

 貴沙は言葉を失い、早紀は泣き崩れた。

 そんな空気を、葵がゆっくりと壊したのだ。

「貴沙…この子になるの?」

 問いかけに、空気が震えた。

 震わせたのは、貴沙だ。

 早紀の頭の上で、大きく気配が動いた。

「ば、バカじゃない? こんなしょうもない魔女の戯言なんか信じたの?」

 キツイ音の言葉──だが、語尾が震えている。

「この子に…なるのね」

 ベッドの上の人が、動く音。

 顔を上げると、濡れた視界の中で、葵がベッドから降り立つところだった。

「別にね…私、死んでもいいんだよ」

 笑う、白い顔。

「貴沙と一緒にいて、それで死んでしまうんなら…いいんだ。楽しかったし」

 貴沙に近づく、そして伸ばされる手。

「うるさいわね! 死にたければ勝手に死ねばいいでしょ!」

 その手を、彼女は容赦なく払いのける。

 嗚呼。

 早紀は、それを見ていた。

 素直ではない貴沙の様子を。

「私は、ただ魔族の中で暴れたいだけよ。あんたなんか関係ないわよ!」

 貴沙が暴言を続ける中、それでも葵は笑っている。

「でも…貴沙がいなくなるのは…やだな」

 噛み合わない会話の奥に──でも、愛が見えた。

 魔族と人の、噛み合わない愛。

「裏返らなくていいよ…貴沙のままでいて」

 もう一度、伸ばされる手。

 白い手のひらが、上を向いている。

 貴沙から、珠を受け取ろうというのか。

 彼女が、飲んでしまわないように。

「うるさいうるさいうるさい!」

 子供のように、貴沙は地団太を踏みつけた。

 そして、早紀をキッと睨みつける。

「あんたなんかが来るから!」

 目を吊り上げて怒鳴られる。

 どうやら──彼女の計画を、台無しにしてしまったようだ。