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 蝕の戦いで、魔族が危ないシーンなどなかった。

 地上の蝕であったため、相手は天族だけだったし、しかも向こうは今回二人欠けていたのだ。

 一人は、もともといなかった。

 二人目は、おそらく前回派手に、真理が叩き伏せた相手だろう。

 だから、戦闘そのものが威嚇的なもので終わったのだ。

 その間中、早紀は満たされる感覚に打ちのめされ続けていた。

 幸せな偽物の満足感を味わえば味わうほど、その嘘の虚しさに魂が抉られる思いだったのだ。

 鎧から解放された後、逃げるように部屋に戻り、逃げるように夢に飛び込んだ。

 鎧の男は、戦闘そのものの密度の薄さに不満げだった。

 そんな鎧の男の言葉にさえ、耳をふさぐようにして、早紀はひたすらに夜明けを待ったのだ。

 夜が明けたところで、真理も鎧も消えてしまうことなどないというのに。

 幸い。

 週末に入ったため、学校には行かなくてよかった。

 部屋に閉じこもっていれば、真理にも二日会わずに済む。

 そう。

 思っていた。

 なのに。

「……!!」

 騒然とした屋敷の気配に、揺り起こされた。

 蜂の巣を、つついたような大騒ぎになっている。

 何?

 パジャマのまま、ドアから首だけ外に出したが、使用人たちが駆け抜けてゆくだけで、事態の把握は出来そうになかった。

 慌てて着替えて、廊下へ出る。

 真理に会うのは怖かったが、こんな屋敷の状態は、彼女が来てから一度もなかったため、ひどく気になったのだ。

 静かな静かな魔族の屋敷を、騒がせる存在。

 階下へ降り、騒々しさに導かれるように玄関を出る。

 門の内側に、真理が立っているのが見えた。

 反射的に身体が逃げかけるが、早紀は別のものも見てしまったのだ。

 門の向こう側。

 魔族の屋敷のテリトリーのすぐ向こうに、悠然と立つ男の姿を。

 伊瀬だった。

 何故、彼はこんなところに来たのか。

 それ以上に分からないものが、その腕の中にあった。

 彼が抱きかかえているのは、青い顔と痩せた身体の──早紀の育ての母だったのだから。