ヘソまで伸びた長い黒髪が真っ赤な顔をすっぽり隠す。
英にとっては、いつものことだったから、断ることも言い訳をすることも慣れていた。
「‥ごめん、用事があるから」
まさか、飼い主が教室で待っておりますので、とは、嘘でも言えない。
少女は、その答えを分かっていたようで、さほど悲しそうにはしなかった。
むしろ、何かが吹っ切れたような、清々しい顔をしている。
「わ、私、こそ‥すみませんでしたっ!」
さようなら、と頭を深々と下げて少女は再び廊下を歩き出した。
それに合わせて、艶のある長い黒髪が、さらさらと揺れるものだから、思わず見とれてしまう。
「あ、ヤバ‥!」
冷や汗をかきながらも、携帯電話を握り締めると、英は廊下を再び歩き出す。
英は、栖栗のクラスを知らなかった。
だから、生徒会会議中にこっそりと新入生の名簿を拝借したのだが、栖栗の名字(市川)しか分からなかった為、それは全く役に立たなかった。
一年生は四クラスまであるから、端から順番に四つある教室の扉を開けていく。
こんなことなら、もっと彼女のことを知っておけばよかったのだ。