英は、栖栗の背中がだんだんと小さくなっていくのを見守った後、ゆっくりと歩き出した。
「‥廊下、走るなよな」
呟いた言葉はもう届く筈もなく、ただ空気に溶け込んでいくだけで。
先ほど、自分たちがいた玄関には、少しずつだが、賑やかな声が響き始めていった。
そうして、いつも通りの一日が始まる。
「あ、あの‥おはよう、市川さん‥」
机に突っ伏している栖栗に必死に挨拶をする少女が一人。
彼女は、(栖栗曰く)隣りの席のメガネっ子だ。
ダークブルーの細い縁のメガネは彼女を知的に見せるが、実際はまだ幼い面影を残すその容姿は周りから言わせれば、可愛い方の部類に入る。
「おはよ」
まさかあの地味なメガネっ子に話しかけられるとは。
驚きつつも栖栗は顔を上げて彼女を見つめる。