自分の思い通りにならないことが悔しいのだろう。
眉を顰める栖栗を、あのときのように宥めようと英は手を伸ばした。


「‥っ‥る、」


ポツリと聞こえてきた言葉に、思わず英は伸ばしかけた手を止める。
よく聞き取ることができなかったせいもあり、英が不思議そうな顔をすると栖栗は顔を上げた。


栖栗の目に英が映る。

英の目に栖栗が映る。



それだけのことだ。


でも、その当たり前のことが、彼女にとっては無償に恥ずかしかった。
視線を逸らしたくて仕方がない。

どうしてこんなに息苦しいのか、栖栗は、知らない──‥


「‥‥‥どうしても出たいって言うなら、待ってる」

「?‥え」

「教室で待ってる。待ってるから‥あんまり遅くなったら、明日からチワワって呼ぶからね!以上っ!」


栖栗は、そのまま踵を返して、廊下をバタバタと走っていく。