……風が傍を通り過ぎる。

何も感じない。

……月が淡い光を放つ。

何も感じない。

……墓に供えた花が甘い香りを漂わせる。

何も感じない。

……泥と血で汚れた自分の手を見つめる。

何も感じない。


目の前には数え切れない程の墓がある。

俺が埋めた……大切な人達の墓が……


もう何日、ここに居るのだろうか。

何も食べず、何も飲まず、眠る事すらせずに……


このまま死んでしまえるのならそれでもいい。

……このまま消えてしまいたい。

彼女の居ない世界に何の意味も無い。

……そう……何も無いのだ。

彼女が居なくては……


「……っ!」

急に脇腹の『痣』が痛んだ。

視線を感じ振り返ると一人の少年が立っている。

俺を見つめる少年の瞳。

……美しい……翡翠色だった。

もしも神がいるのだとしたら、このまま俺を死なせてはくれないらしい。

……伝説の勇者様のお迎えだ。


そうか……俺はやらなくてはならない。


「……フッ」

少し自嘲気味に笑うと、少年は不思議そうに俺を見つめていた。