「花蓮」


彼女の名前を呼ぶと返事はないが、花蓮は顔を上げてオレを見た。


二重の大きな目、黒目が少しだけ茶色がかっている。

リップだけ塗ってある化粧気のない綺麗な顔。

好きだ。

細くて小さい、どんなデカイもの作ってしまう手。

好きだ。

オレを優しく包んでくれて、直情的な心。

好きだ。


「光臣くん?」


オレを呼んでくれる声。

好きだ。


誘われるように口づけた。
最初何をされてるか分からなかった。


とても久々なことだから。

高耶くんに聞いていた。光臣くんは約束の日に千春先輩と一緒にいたって。


やっぱり当たっていた。

こういう時の勘はよく当たる。

だから涙すらでなかった。

「知ってるよ。だって付き合ってから一度しかキスしてない。きっと唇の感触が千春先輩と似てるからだよ」

「それでもあいつが好きなんですか」

「多分」

「バカな人ですね」

「そうだね。覚悟はしてたよ」

高耶くんに絵をあの絵を見せた。
ガラス越しの君と僕


付き合い出してからすぐに描いた絵。

毎日見ながら、自分に言い聞かせた。

すぐに終わりがくる。

自分はあの人にはなれない。

だから彼が私から離れて行くまでの毎日を大切にしようって。


「なら調度良いや。その誓いオレに下さい」


高耶くんの声が引くなった。マフラーを欲しいとねだられた時みたいだ。
「オレはあなたが好きです。あいつみたいに誰かを花蓮さんに重ねるあほなことはしない。だからいつかのための誓いをオレに下さい。あなたが死んでもあなたを好きでいますから」


クリスマスの日の告白に私は何も答えることは出来なかった。


「半永久的に有効なんでいつでも返事をください」


高耶くんは一方的に話して帰って行った。
高耶くんは曖昧な態度しかとれない私をせかすでも
なく会いに来てくれている。


今日も美術室にいた所に来てくれた。


でも光臣くんも来て、突然キスされた。


「何?」

小さな声しかでなかった。

「クリスマスイブはごめん。何の連絡もしないで」


「高耶くんに聞いた。千春先輩と一緒にいたんでしょ」

「あぁ」


理由なんて知りたくないから聞かない。


「オレはようやく気づいたんだ。オレがどれだけお前に惚れてるかを」
「で?」

そう聞けば、辛そうに眉を寄せた光臣くん。


「知ってるよ。光臣くんはずっと好きだったんだよね。千春先輩のこと。変わりなんだって思っても一緒にいてくれて嬉しかった」


光臣くんからはさようならできないだろうから。

私から離れるきっかけを作ってあげる。


「いつかは来るかなって思ってたから。私は平気だよ」

毎日、ケータイを見て自分を戒めていたから。
「花蓮?」


「光臣くんと千春先輩はみんなお似合いだって知ってる」

「おい、花蓮」

「今度は間違わないでね」

頑張ってと言おうとしたら
「何言ってんだ!テメェはっ」

肩を掴まれて壁に叩き付けられた。

「オレの話し聞いてたか!オレはお前に惚れてるって言っただろうが」


私が怒鳴られる意味がわからない。

「いつまで?」

「あ?」

「期間限定ならいらない」

半年、一年しか続かないなら、いつか無くなってしまうならいらない。
「ずっとだ。お前だけだ」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「嘘!」

「嘘じゃないって言ってんだろうが」

平行線をたどる私たちの会話。


「花蓮、どうしたら信じてくれる?」

「嘘ばかりだもん」


私は知ってるの。

君が、私に何度も嘘をついてたことを。
「って、最初から嘘ついてるじゃない!どこ信じたら良いの」

「もうしないから。命かける」

気づいたら、光臣くんの鳩尾に一撃決めてた。

「簡単に命をかけるなんて言うな」


美術室を飛び出したけど、絵を描く道具を忘れたから戻った。


うずくまる光臣くんの横を通って道具をつかんで廊下を走った。


簡単に命をかける奴なんてもっと信用できない。


晋兄ちゃんが言ってた。


そんな大事なものを簡単に掛け金にするやつは、何度も同じ安い行動をことを繰り返すって。