終業式の時、花蓮の姿を見た。
一年ぶりぐらいじゃないかと思える程、距離感と懐かしさを覚えた。
髪を耳の上で結っているために白いうなじが見えた。
式の最中、眠いのか何度も欠伸をしているとこを見た。
校長の話しなんて聞くわけもなくオレは花蓮を見続けていた。
オレの視線に気づいたのか、花蓮がこっちを向いた。
あろうことか、欠伸を見せただけでまた前を向いてしまった。
情緒のかけらもあったもんじゃない。
自分の顔が眠たくなるようなものだと言われたような気がした。
ホームルームの後、急いで花蓮の教室に向かった。
花蓮は文系でオレは理系、教室は別棟で離れていたから、走った。
部活でもこんなペースで走ったことはなかった。
「いない?」
花蓮は既に教室にいないと言われた。
「うん。美術室に作品を取りに行くって。しばらく絵を描いてから帰る…」
みなまで聞く前に走った。
美術室の前に立って呼吸を整える。
ドアをゆっくり開けると美術室の奥、窓際に花蓮はいた。
キャンバスの前に座って、手を動かしている。
放課後、夕日のさす教室の中で絵を描いている姿が好きだった。
最初に見せてもらったのはオレ達が部活で走ってる絵だ。
「夢中になってたり真剣になってるとこは描いても楽しい」
と言っていた。
何がきっかけなんて忘れたけど、夢中になっている花蓮の姿をオレは好きになったんだ。
けど、今日はそこにいたのは花蓮だけじゃなかった。
「花蓮さん何を描いているんですか?」
「んー?なんとなく描いてだけ」
「どこかの風景ですか?花が沢山だ」
「そうかも」
高耶が花蓮の後ろに張り付いている。
「花蓮さん、帰りに何か食っていきませんか?」
「良いよ〜」
「花蓮さんは何が好きですか?ケーキは好きですか?」
「大好き。苺のケーキ大好き」
「美味いケーキ屋知ってるんで、そこいきましょう」
「クリスマスの日はありがとう、タツがゲームもらったってはしゃいでたよ。でも良かったの?」
「構いませんよ。中古なんで」
恋人同士の会話に見えた。
オレの彼女なのに。
「花蓮さんの髪ひわふわしてますね。可愛い」
「纏めるのが大変なんだよ。からまるし、切った方が良いかな?」
「そんなことないですよ。くるくるのふわふわでオレはこの長さが好きです」
高耶の手が一束掬い、唇にあてた。
見ていられなかった。
教室の中に入って、花蓮から高耶を引き離した。
「あれ?何のようですか」
「光臣くん?」
花蓮は驚いた顔をしていたが、高耶はまるで気づいていたかのような顔をしている。
「花蓮、話しがある。高耶、お前帰れ」
「彼氏気取りですか?」
「気取ってねぇ。彼氏だ。オレの女に手を出すな」
「ドタキャンしたくせに?他の女といたくせに、それでも恋人だと言い切りますか?」
言い訳なんてしない。
事実だ。
だから謝り倒す。許して貰えるまで。
好きなんだとも何度も告げる。
「オレは花蓮が好きだ。美術バカな所も、料理が上手いとこも優しいとこ、ふわふわの髪もいがいと胸がでかいとこも全部好きだ」
「ぷっ、あははは、あんたバカですか?」
高耶は壊れた様に笑い出した。
「るせぇ、こっちはマジだ」
「分かってますよ。今回は退きますよ。でも次は全力で奪いますよ。オレだけじゃない、先輩の後釜を狙ってるやつは沢山いますよ」
女受けする笑顔と不適な台詞を残して高耶は出て行った。
「花蓮」
彼女の名前を呼ぶと返事はないが、花蓮は顔を上げてオレを見た。
二重の大きな目、黒目が少しだけ茶色がかっている。
リップだけ塗ってある化粧気のない綺麗な顔。
好きだ。
細くて小さい、どんなデカイもの作ってしまう手。
好きだ。
オレを優しく包んでくれて、直情的な心。
好きだ。
「光臣くん?」
オレを呼んでくれる声。
好きだ。
誘われるように口づけた。
最初何をされてるか分からなかった。
とても久々なことだから。
高耶くんに聞いていた。光臣くんは約束の日に千春先輩と一緒にいたって。
やっぱり当たっていた。
こういう時の勘はよく当たる。
だから涙すらでなかった。
「知ってるよ。だって付き合ってから一度しかキスしてない。きっと唇の感触が千春先輩と似てるからだよ」
「それでもあいつが好きなんですか」
「多分」
「バカな人ですね」
「そうだね。覚悟はしてたよ」
高耶くんに絵をあの絵を見せた。
ガラス越しの君と僕
付き合い出してからすぐに描いた絵。
毎日見ながら、自分に言い聞かせた。
すぐに終わりがくる。
自分はあの人にはなれない。
だから彼が私から離れて行くまでの毎日を大切にしようって。
「なら調度良いや。その誓いオレに下さい」
高耶くんの声が引くなった。マフラーを欲しいとねだられた時みたいだ。
「オレはあなたが好きです。あいつみたいに誰かを花蓮さんに重ねるあほなことはしない。だからいつかのための誓いをオレに下さい。あなたが死んでもあなたを好きでいますから」
クリスマスの日の告白に私は何も答えることは出来なかった。
「半永久的に有効なんでいつでも返事をください」
高耶くんは一方的に話して帰って行った。