「バカな人だ。そんな必死な顔するなら最初からあの人だけを見てれば良いのに。ちなみに明日、会いに行こうたって無駄ですよ。花蓮さん、でかけるみたいですから」


失礼しますと行って高耶は家の中に入って行った。

「光臣くん、ごめんなさい。

「千春のせいじゃねぇよ。オレのせいだ。あながち高耶のいうことは嘘じゃない」

オレは千春を忘れなれなかった。凛とした強さと芯のある優しさが好きだった。


花蓮に惹かれたのも、千春の面影をみたからだ。顔は千春とは全然違うけれど、絵に対する真っ直ぐで愚直な姿勢。包み込む母親のような優しさが千春を匂わせた。


今更になって思い知った。自分がどれだけ花蓮に甘えていたのか。

花蓮の優しさに寄りかかって、他の女の影を写していた。

どんなに彼女の心を傷つけていたことも知らずに。


オレの中にあるケータイと、高耶の元にあるマフラーが花蓮がオレを見放したことを物語っていた。
蝶のペンダント。

千春は蝶が好きだと言っていた。


けど花蓮は好きだと言っていた記憶がない。


オレは少しも花蓮を見ていなかったんだ。


それだけじゃない。

オレは花蓮のことを何も知らない。

どうして君はオレを好きになってくれたんだろうか?
クリスマスイヴの次の日、新しくプレゼントを買い直して花蓮の家に向かった。

花蓮を思い出しながら考えた、天使の羽がモチーフの髪飾り。ワンポイントに付いているアメジストは、花蓮の誕生石だ。


緩いくせっ毛の髪を纏めるのにいつも苦労していた。
少し茶色がかった髪にきっとよく映えるはずだ

ふわふわとする髪を触るのが好きだったことを今になって気が付いた。


「いない?こんな時間なのにか?」

夜9時頃、塾を終えてから花蓮にむかった。

出て来た達久は花蓮の不在を一言だけ伝えてドアを閉めた。
「おい!花蓮はどこに行ったんだ?」

どんどんドアを叩くと達久はまた出て来て


「姉ちゃんは大学の先生と広島だって」

「広島!何で?」

「絵を描く仕事だって。じゃあね、これから高耶兄ちゃんたちとゲームするから」

高耶が何でいるんだ。

花蓮の絵を描く仕事ってなんだ?

昨日のうちに何が起きたんだ。

「達久!もっと詳しく言え!達久」

何度もインターホンを鳴らしたり、ドアを叩いたりしたが達久は出てこい。


そのかわりに…

「やかましい!」


花蓮の兄貴が出て来た。

目を合わせた瞬間殴られた。


「うるせぇんだよ、ちんこんちんこん卑猥な音鳴らし続けてんじゃねぇよ!猥褻物陳列罪でしょっぴいて貰うからな」


そんなのおのまとぺの表現の違いだろうが、インターホンがそういう風に聞こえてるあんたの耳が猥褻物だと言いたいが、高耶と同じ所を殴られて、痛みで声がでない。
「花蓮とのことはとやかく言わん。花蓮はいつ帰ってくるかわからんし今日は帰れ。受験生なんだろ」

勉強しろと諭されるように言って彼はドアを閉めた。

高耶がいるなら昨日のことは知られているんだろう。

あの人は妹の花蓮を大切にしてるから腕一本ぐらい折られる覚悟だったのに。


いや彼ははらわたが煮え繰り返るくらい怒っているんだ。

冷静さを自分で言い聞かせていたんだろうな。

あの人が大人じゃなかったらオレは殺されてたんだろうな。
帰り道がやけに寒く感じられた。


昨日、花蓮はこんな中を待っていてくれたんだ。


今になって気づくなんて、最悪だ。


無くしてから初めて気がつくなんてベタ過ぎる。


過去の恋愛に夢中になって、本当に大切なことを見失うなんて。


昨日会いに行けば良かった。

謝り倒してクリスマスを祝えば良かった。

ポケットの中の花蓮のケータイが重く感じた。

開くと花蓮が描いた絵が待受画面になっていた。

ガラスの壁を挟んで寄り添う少女と少年。

手を重ね、お互いを見つめているはずなのに、幸せそうに見えない。

ガラス越しだからだろうか?
いや…

気持ちが通じてないからだ。

少年の目が少女を通り越しているんだ。

少女の目は少年を真っ直ぐ見ている。

少女は少年の心が自分にないことを気づいているんだ。
花蓮は何を思ってこの絵を描いたんだろう。

自分ではない女を見ている男を思い続けるのはどれほど辛いのだろうか。

オレだったら発狂してるな…

現にオレの知らない男といることに苛立っている。


こんな男でも花蓮はまだ好きでいてくれているのか?

聞く術は残されてなくて、その事実が辛くてケータイを閉じた。
花蓮は大学の課題優先を認められて、クリスマスの後から学校に来ていない。


学校もそんな異例を許している。

それだけ花蓮は特別な人間だったことを思い知るが、オレにとっては大事な女以外の何者でもなかった。



この思いを伝えたいが、会うことなく、終業式を向かえた。


「花蓮、学校きてるの?」
「やっぱり終業式はでないとね」

「なんか寝不足みたいな顔してて、課題多いって言ってたけど年が明ける前に終わらせてやるって張り切ってたよ。今度似顔絵描いてくれるって」

「ホントに?花蓮、おしるこ好きだったよね?山ほどおごってあげよ」

「その前にうちらも合格しないと」

「そうだね」


花蓮の友達の話しを盗み聞きするほど花蓮という単語に敏感になっている。

学校に来ているなら今日がチャンスだ。

いや、今日しかない!
終業式の時、花蓮の姿を見た。

一年ぶりぐらいじゃないかと思える程、距離感と懐かしさを覚えた。


髪を耳の上で結っているために白いうなじが見えた。
式の最中、眠いのか何度も欠伸をしているとこを見た。

校長の話しなんて聞くわけもなくオレは花蓮を見続けていた。


オレの視線に気づいたのか、花蓮がこっちを向いた。

あろうことか、欠伸を見せただけでまた前を向いてしまった。


情緒のかけらもあったもんじゃない。


自分の顔が眠たくなるようなものだと言われたような気がした。