「ゴメンね。私がそそっかしいばっかりに」

しっかりしているようでどこか抜けていた。そこは相変わらずだった。

軽く挨拶を交わしてすれ違った途端、何も無い道で足を捻ってしまった千春を介抱していたらこんな時間になってしまった。

それは違うな。

さっさと高耶に連絡して戻ってきてもらえば良かっただけの話なのに。千春と離れがたかっただけだ。


どうかしている。千春とのことは終わって、花蓮のことが好きなはずなのに。

千春を優先している。


何度か花蓮からの電話もメールがあったのに全部無視してしまった。

きっと怒ってるだろうな。


また電話がかかってきた。花蓮からだ。

だがすぐに切れてしまった。

すぐに駆け直すと玄関の向うから着信音が聞こえてきた。


「花蓮」


玄関を開けると、そこにいたのは花蓮じゃなくて、高耶がいた。手には花蓮のケータイが握られていた。


「へぇ、彼女を寒空に放っておいて、あんたはココで人の姉貴と暖をとってるってどういうことだよ」


「高耶くん、これはね。私が怪我をして、光臣くんを引き止めてしまったの」

「姉さんは黙っててください」


高耶はオレを見て軽蔑した目をむけてくる。オレはそうされるようなことをしたんだから当然だ。




「これ返しますよ。もうあんたにも花蓮さんにも必要ないでしょ」

花蓮のケータイを渡された。どうしてこれを高耶が持ってるんだ。


「安心してください。あの人は無事に家に送りました。でも、オレがあのまま声をかけなかったら今でもあそこにいたでしょうね」

いつも飄々としている高耶が珍しく感情をさらけ出して怒っている。千春と別れた時以来だとぼんやりと考えていると衝撃が走った。

目の前がチカチカ光ったかと思ったあとに、頬が熱くなった。


「みんな言ってるよ。あんたは花蓮さんを姉さんの身代わりにしてるって」

「違う!」

「違わないだろ!!だったら何でここにいるんだよ。・・・花蓮さんは知ってると思うよ。あんたが花蓮さんの中に姉さんを見てるって。弟のオレでも似てると思うんだから。あの人は絶対に人を責めたりしない、その強さと優しさにあんたはどんだけ甘えてんだよ」

「違う・・・オレは」

「そんなにうだつの上がらない男だとは思わなかった。曖昧な気持ちで付き合ってんならもうあの人に近づかくな。ってか、もう終わりだよね。これ見てくださいよ」


高耶が指差す先には、見覚えがある色の組み合わせのマフラーが巻いてある。


「花蓮さんがくれたんです。暖かいですよ」


思わずマフラーに手を伸ばした。花蓮がこの色が似合うと言ってくれて編んでくれたオレのマフラーを取り返したかった。

手を伸ばすが、高耶に手を叩き落されて。手が所在無げに彷徨う。



「バカな人だ。そんな必死な顔するなら最初からあの人だけを見てれば良いのに。ちなみに明日、会いに行こうたって無駄ですよ。花蓮さん、でかけるみたいですから」


失礼しますと行って高耶は家の中に入って行った。

「光臣くん、ごめんなさい。

「千春のせいじゃねぇよ。オレのせいだ。あながち高耶のいうことは嘘じゃない」

オレは千春を忘れなれなかった。凛とした強さと芯のある優しさが好きだった。


花蓮に惹かれたのも、千春の面影をみたからだ。顔は千春とは全然違うけれど、絵に対する真っ直ぐで愚直な姿勢。包み込む母親のような優しさが千春を匂わせた。


今更になって思い知った。自分がどれだけ花蓮に甘えていたのか。

花蓮の優しさに寄りかかって、他の女の影を写していた。

どんなに彼女の心を傷つけていたことも知らずに。


オレの中にあるケータイと、高耶の元にあるマフラーが花蓮がオレを見放したことを物語っていた。
蝶のペンダント。

千春は蝶が好きだと言っていた。


けど花蓮は好きだと言っていた記憶がない。


オレは少しも花蓮を見ていなかったんだ。


それだけじゃない。

オレは花蓮のことを何も知らない。

どうして君はオレを好きになってくれたんだろうか?
クリスマスイヴの次の日、新しくプレゼントを買い直して花蓮の家に向かった。

花蓮を思い出しながら考えた、天使の羽がモチーフの髪飾り。ワンポイントに付いているアメジストは、花蓮の誕生石だ。


緩いくせっ毛の髪を纏めるのにいつも苦労していた。
少し茶色がかった髪にきっとよく映えるはずだ

ふわふわとする髪を触るのが好きだったことを今になって気が付いた。


「いない?こんな時間なのにか?」

夜9時頃、塾を終えてから花蓮にむかった。

出て来た達久は花蓮の不在を一言だけ伝えてドアを閉めた。
「おい!花蓮はどこに行ったんだ?」

どんどんドアを叩くと達久はまた出て来て


「姉ちゃんは大学の先生と広島だって」

「広島!何で?」

「絵を描く仕事だって。じゃあね、これから高耶兄ちゃんたちとゲームするから」

高耶が何でいるんだ。

花蓮の絵を描く仕事ってなんだ?

昨日のうちに何が起きたんだ。

「達久!もっと詳しく言え!達久」

何度もインターホンを鳴らしたり、ドアを叩いたりしたが達久は出てこい。


そのかわりに…

「やかましい!」


花蓮の兄貴が出て来た。

目を合わせた瞬間殴られた。


「うるせぇんだよ、ちんこんちんこん卑猥な音鳴らし続けてんじゃねぇよ!猥褻物陳列罪でしょっぴいて貰うからな」


そんなのおのまとぺの表現の違いだろうが、インターホンがそういう風に聞こえてるあんたの耳が猥褻物だと言いたいが、高耶と同じ所を殴られて、痛みで声がでない。
「花蓮とのことはとやかく言わん。花蓮はいつ帰ってくるかわからんし今日は帰れ。受験生なんだろ」

勉強しろと諭されるように言って彼はドアを閉めた。

高耶がいるなら昨日のことは知られているんだろう。

あの人は妹の花蓮を大切にしてるから腕一本ぐらい折られる覚悟だったのに。


いや彼ははらわたが煮え繰り返るくらい怒っているんだ。

冷静さを自分で言い聞かせていたんだろうな。

あの人が大人じゃなかったらオレは殺されてたんだろうな。
帰り道がやけに寒く感じられた。


昨日、花蓮はこんな中を待っていてくれたんだ。


今になって気づくなんて、最悪だ。


無くしてから初めて気がつくなんてベタ過ぎる。


過去の恋愛に夢中になって、本当に大切なことを見失うなんて。


昨日会いに行けば良かった。

謝り倒してクリスマスを祝えば良かった。

ポケットの中の花蓮のケータイが重く感じた。

開くと花蓮が描いた絵が待受画面になっていた。

ガラスの壁を挟んで寄り添う少女と少年。

手を重ね、お互いを見つめているはずなのに、幸せそうに見えない。

ガラス越しだからだろうか?
いや…

気持ちが通じてないからだ。

少年の目が少女を通り越しているんだ。

少女の目は少年を真っ直ぐ見ている。

少女は少年の心が自分にないことを気づいているんだ。
花蓮は何を思ってこの絵を描いたんだろう。

自分ではない女を見ている男を思い続けるのはどれほど辛いのだろうか。

オレだったら発狂してるな…

現にオレの知らない男といることに苛立っている。


こんな男でも花蓮はまだ好きでいてくれているのか?

聞く術は残されてなくて、その事実が辛くてケータイを閉じた。