人混みの狭い専用通路を縫うようにして、コツコツと軽く高い音が背後に近づいてきた。





「おはよ」




斜め後ろに淡いムスクの香りを漂わせたショートカットの女。



「あぁ…おはよう」



「何だか浮かない顔してるわね」



そう言うと俺の腕を軽く掴んで並んで歩きだした。





「あぁ…昨日なかなか眠れなかったんだ」



「はぁ?何それ、もしかしてオペのこと?」




彼女は高須亜子。






「…いや、そうじゃないさ…」




「ふーん…オペ、一緒ね。私、今日麻酔科で付くからよろしくね」






俺の「彼女」。





−おはようございまぁす〜…




俺達を抜かしつつ挨拶だけが向けられる。




−ねぇねぇ、桜井センセと高須センセってさぁ…



−しぃ〜…らしいよ…才色兼備ってやつよね…





−朝から絵になるよねぇ…




抜かして行った女の子達のヒソヒソ話が筒抜けだ。




朝の冷えきった空気の中で向かい風に乗って耳に届く。





「寒いねぇ…今日は」


手袋を外しながら華奢な細い指先を擦りながら亜子が呟いた。




「寒いな…」





悪い気はしない。
俺は俺でいいんだ。



俺でいいんだ。