「遅くなってごめん」

ちっとも悪びれてない声で、彼が言う。
私はゆっくり彼の腕の中で振り向いて、未だに、見るたびに実はドキドキしてしまうその顔をなんとか直視して、精一杯微笑んで見せた。

とりあえず、彼の瞳の色は現在、黒曜石の如く黒色だ。ちょっと安心。

「気にしなくて結構よ。
私、もう、寝るところだから」

「俺が居なくて淋しかったからって、つれないこと言わないで」

御年1000歳を越えているはずの、でも見た目年齢20歳過ぎって感じのこの「魔王様」は、しかしもちろん人間ではないので人としての一般常識はところどころ、いや、相当欠如している。

今だって本気で、私が淋しかったから拗ねていると思い込んでいるのだから、怖ろしい。

私は、諦めずに言葉を探す。ここで負けたら、明日学校に遅刻しちゃう。
私は高校一年生。真面目な学生でありたいと願って不思議ではない年齢だと思う。
それにそろそろ期末テストだし。サボっている場合じゃない。

「私、明日は学校に行かないといけないの。
分かってる?
明日は月曜日」

この週末一回も家に帰ってこなかったというのに。
なんてタイミングで戻ってくるんだろう、コイツは。

私は頭を抱えてしまう。
もっとも、すったもんだの末、彼と暮らし始めて早半年。
この程度のこと、まぁ、日常的すれ違いの範疇、ではある。


だからって、我慢できるものでもないのだけれど。