まずい。
部屋の空気が5度下がる、冷たい眼差しを受けて、背筋は粟立ち、腕に鳥肌が立ってくる。

流されちゃ、ダメ。

「ないわよ。
言葉通り。
それに、だからってどうしてジャックがお人よしになるの?」

キョウの表情がほんの一瞬、強張った。
それから、自嘲的な笑みを浮かべる。

それは、怜悧な悪魔には似つかわしくない、自虐的とも言える様な剣呑な笑みだった。

そして、直後。
それを飲み込み感情の全く見えない表情で、とうとうと語りだした。

「ジャックは今後ずっと、人間界で暮らせばいい。
一緒に居れば、ユリアは困らない。
一方、魔界に仕事がある俺はそういうわけにはいかない。
結界が強固になった時、ジャックと一緒に居ればユリアは悩まなくていい。
だからさ。
自分が犠牲になってでも、そっちを選ぼうとしたんだろう?」

「犠牲?」

「そりゃそうさ。
普通に考えて、命の恩人の妻を奪うと思う?」

いえ、妻じゃありません、なんて言える雰囲気ではない。
私は、ぶるぶると首を横に振る。

「だろ?
ジャックは惚れっぽいけど、恩知らずな猫じゃない。
それに、俺と正面切って戦えば、自分が負けることも分かっている。
それでも、ユリアを。
ユリアだけを助けようとしたって、ワケ。
どう、この美談に負けてベガスに戻る気にでもなった?」

「なるわけないじゃないっ」

反射的に答える。
興奮のあまり、自分の肩が上下しているのが分かった。