「……逃げる?」

予想外の言葉だったのか、キョウは形の良い瞳を微かに眇めた。
猫が鼠をいたぶるように頬を撫でていた手の動きまでも、ぴたりと止まる。

「ら、ラスベガスから」

って、慌てて付け加えてみたんだけど、あまり効果はなかったみたい。
瞳から、黒蜜を思わせる甘さが徐々に消えうせ、代わりに、ゆっくりとしかし確実に意志を帯びた闇が宿っていく。

漆黒の闇にしか見えなかったその瞳の色が、見分けられるようになった自分のことが少しだけ可笑しかったりするのだけれど、今はそれについて分析している場合でもないようだった。

「自分の口で説明する?
それとも、俺が勝手に見ようか?」

み、見れるなら聞かなきゃいいじゃないですかっ。

っていうかね。
私が答える前に既に何かを見てますよね?

緊張のあまり、心の中まで敬語になっていく……。

「あ、あのね。
ジャックは悪くないと、思うの。
多分、冗談よ、ね?」

どうして、被害者の私が言い訳しないといけないのか腑に落ちないとも思ったけれど、万が一にも折角今日手に入れたばかりの700年の寿命が一瞬にして消されたら、それはそれで気の毒だと思ってしまうのだから、仕方がない。

「お人よしにも、ほどがある」

私の頭の中にその言葉が過ぎるのと、キョウが呆れた口調で呟くのはほぼ同時だった。