呟いた途端、くしゃり、と。
空間が歪んだ。

……え?

歪む?

「誰がバカだって?」

闇の向こう、聞きなれたテノールの声が怒気を帯びて響いた。

「……キョウ?」

驚いて、声をあげる。
ふわり、と。
私を包んでいた毛布から解放された。

目が痛くなるほど明るいのは、見慣れたマンションのベッドルーム。

凝りもせずに片手に本を抱えていたキョウは、わざわざ美しい顔の眉間に皺まで寄せて私を見る。

「いくらアメリカ帰りでも、ベッドの中でまで靴を履く? 普通」

えええ?
今、怒りたいのってソコ?

「だって、まさかここに辿り着くなんて思わないじゃないっ。
っていうか、大体どうして夕方にこんなところに居るのよ」

慌ててコートとブーツを脱ぎながら、反論する。

「時差ぼけで」

普通の口調で答えた後。

にやり、と。
紅い唇が意地悪く弧を描いたのが、目の端にうつった。

う、なんかすごく嫌な予感……。