ピアノ線をぴんと張ったような、息苦しい静寂を簡単に断ち切ったのはキョウだった。

ふらりと立ち上がると、ぽんと私の頭を叩き
「折角のラスベガス、今夜も遊んでいくでしょう?」
と、まるで何もなかったかのように言い出し、部屋を出た。

ジャックから、事前にラスベガスが素敵なところだとは耳にしていたものの、まさか来るなんて予定もしていなかった私に、何かプランがあるわけじゃない。

昨日回れなかったホテルを、片っ端から見て回る。

ホテルの二階に、今年行ったばかりのベネチアが再現されていたのには目を剥いたわ。
ちゃんと、船頭さんが客を乗せたボートを漕いでいるし、天井の色は刻一刻と変わっていくのよ。

もう、なんていうかアレね。
地球温暖化を語る前に、とりあえずラスベガスを撤収してみたらどうかしら。
電力使用量がそれだけでぐぐっと下がるに違いなくてよ。

とはいっても、私も今はラスベガスに浮かれるただの旅人。
地球温暖化に想いを巡らせるよりも、目の前の快楽にはしゃぐだけの人間に成り下がっているわけで。

「もーおスロット飽きたー。
全然当たらないじゃないっ」

どこのホテルかも分からなくなったスロットの前で文句を言っている。

苦情も言わずに私の気まぐれな動きに付き合ってくれていたキョウが、隣で苦笑する。

「大当たりはまずいだろう?
身分証明書を提示しろって言われるんだから」

……え?

思わず血の気が引く未成年の上に不法入国中である私に、キョウは飛びっきりの笑顔を見せる。

「だから、大当たりしないほうがラッキーなんだよ、この場合」

な、なるほど。