ふ、と。
キョウが歩みを止めたので、つんのめりそうになる。

顔をあげると、さっき教会でも一瞬見せた切なさを溜め込んだ黒曜石の瞳が私を見下ろしていた。

「……何?」

普通に唇を開いたつもりが、緊張のせいか滑稽なほど小さく震えている。
キョウはぷいと顔を背け再び歩き出す。

馬鹿でかいホテルに向かって。

「ユリアを喜ばせたくてしたまでだ。
……泣かせたいわけじゃない」

油断したら聞き逃してしまいそうな、小さく低い声なのに、何故かきちんと耳に届く。

くしゃり、と。
彼の大きな右手が私の頭を撫でる。

「分かったらもう、そんな顔するな」

その命令口調は腹が立つほど上から目線なのに、なんで頬が緩んじゃうのかしら。

私、変なの。

キョウに連れられて行ったのは、レストラン「Joël Robuchon at the Mansion」

丁寧なギャルソンに連れられて行ったのは、準備が整っている予約席。

慣れない高級感満載の店に戸惑っている私をテーブル越しに見つめ、迷子の子犬を見ているような優しい眼差しにどきりとする。
そのときめきを隠さないままに顔をあげれば、キョウの紅い唇は花が開くようにふわりと微笑んだ。

どれほど言葉を重ねても、彼の美しさを表現しきれる日なんて来ない気がする。


私は、彼の顔を見るたびに。
その低い声音を聞くたびに。

――何度だって恋に落ちるのだ。
  決められた音を聞くだけで何度だって涎を垂らす、パブロフの犬さながらに。