それにしても、女は女優だとか言うけれど、そして笑麗奈は確かに現役の舞台女優だけれども(私と一緒に幼い頃劇団○○に入っていて、私はとっくに止めたけれど笑麗奈は未だに続けているの)。
『まぁ、奥様聞きました~?406号室の田中さんのところ、大変なんですってよ~。お互い気をつけなきゃいけませんわね、オホホ』なんていう噂話を流す素振りなんてまるでみせないほど、見事に心配っぷりな表情で綾香を見つめているのには、私は心底驚いた。

私も気をつけなきゃ。
色々と、ねぇ?

「あれからどう?」

口調にも、心配度合いが滲み出ている。

「う、うん。
なんとか大丈夫。
おじさんたちも、うちには来ないし」

「そう、だったらいいんだけど」

えーっと。
明らかにツマラナそうな雰囲気が、いまちょこっとだけ滲み出ていましたけど。
大丈夫?

もちろん、深刻な悩みの海に溺れている綾香がそんな瑣末に気づくはずも無い。

うつろな顔で、おにぎりを機械的に咀嚼していた。