――翌日。

晴れて退院を許された私は、見覚えはあるのにごっそりと記憶が抜け落ちてしまっているマンションに一人で帰ってきた。

幸い、神様から記憶を消されていないママは私が「右京さん」と一緒に暮らしていると信じて疑っていないので、私を実家に連れ戻そうとはしなかった。

家のあちらこちらに、思い出したくなるような懐かしさが詰まっていたけれど、頭痛との付き合い方をようやく覚えた私は、努めて何も考えないようにしていた。
でなければ、残り数日の間に発狂してしまう。

そして、色々と不安定な私のために、ジャックが出来るだけ付き添ってくれることにもなっていた。
今日も、夕方やってきてくれた。

食事の件は若干不安だったのだけれど、不思議なことに冷凍庫に残りの日数分の私の食事がきちんと準備してあった。

ああ、きっとこれも「不思議なこと」なんかじゃなくて。
例の――私が思い出せないなんとかっていう人が――準備してくれたんだと、判らなくも無いのだけれど、そう考えようとすると耐えようのない頭痛が走るので、私はあえて考えない。

退院した日の夜は、カレーライスとサラダだった。
サラダはきちんと冷蔵庫に置いてある。
ご飯が見計らったかのように炊き上がる。

ほんの少し前に、誰かがここで料理を作ってくれた証拠。


なのに。
考えてはいけないという現実が私の心を苦しめる。


とはいえ。
私の舌はそれを覚えているらしく。

その料理を口にした途端、心の中に例えようもないような幸福感が満ちてきた。

「ジャックのもあるわ」

私が皿によそってあげると、彼はにこりと微笑んだ。
スパイシーな香りが、部屋を優しく染め上げていく。