ねえ、アンナ。

思い出したら、僕は今でもちょっと怖いよ。


黒い箱はピアノという楽器で、
君はその椅子に 黙って座っていたね。

僕は お月さまの瞳だと 褒めてもらえたけれど、
君のは 空よりも ――それはあの日だけじゃないよ、

どんなに晴れた日も敵わないほど
深く深く 限りなく 広くて、
しんと冴えた 青色をしていた。


アンナは 僕を瞳の端だけで見て、
また 悪戯者が増えたんだわ、って 言いそうな顔をした。


君の青色が 深淵を湛えたものだと 知らなかったから、
冷たさばかり感じられて、僕は とても怖かったんだよ。

レンデル家での生活は 何も見えなくて、
だから、不安を置いておく場所さえ分からない。
自分と向き合わせてくれたり、そっとしておいてくれる場所。
もしかしたら、時には なだめてくれる場所。



でも、君の青色は 早くも拒絶だけを発していたんだもの。



怖くて、はねつけられてることに 心が萎れて、
なのに僕は 君に見とれた。


アンナは それまで見たものの中で、
二番や三番とは はるかにかけ離れて 美しかった。

あの頃よりも、少しは 物事を心得た
今でも変わらないよ。



美しい、という言葉を知ったのは
アンナを飾るべき 言葉を探したから。


僕は 一生、この言葉を
アンナのための他は 使わない。