壁には 時々、控えめな色合いの絵が飾られ、
本物みたいなお花や生きものが 中に収められている。
施設のは 薄くて軽かったけれど、
ここにあるのはとても重たく、しっかりしたカーテン。
仕立てたら 身にまとえそうな。


音が大きくなるにつれて、間よく打たれる
手拍子も聞こえてくる。

「はい、止まって。ハイネさん、今のところは2の指よ。
 ここでポジションを上げて……」

何だか難しいお話だ。

「ルウ、静かに静かにしてるんだよ?」

扉の前でまた念を押して、
メアリは ゆっくりとノブを回した。




坊ちゃまの部屋には 光がふんだんに差し込んでいた。
開いた窓から 心地よい風も遊びに来て、
さらさら おどけて 帰っていく。

悪戯者の行方を追えば、外の景色が見えた。
はてしなく 薄くのばされた雲が混じって、
空は まろやかに 淡かった。


念を押された理由が 分かった気がした。

空は 青かったんだと、久しぶりに思い出したから。

ずっと 地面ばかり、壁ばかり見ていたんだ。


不安はまだ ひとつも消えないけれど、
空が よかったね、と 言ってくれてる気がした。

うん、ありがとう、って
また会えたね、こんにちは、って
叫びたくなったんだ。




気持ちをそっとしまって、坊ちゃまに目を向けた。
茶色の楽器を 首と肩で挟んで真剣な坊ちゃま。
ワトキン先生は、メアリと同じくらい
灰色の髪のおばあさんだった。

坊ちゃまは 僕に気づいたけれど、
先生のレッスンは まだ終わらない。

また 頬を膨らまして、小さな腕を動かして。
ちょっとだけ、可笑しくなった。

でも笑わないよう、今度は目を逸らした。
2人から離れたところ、部屋の片隅に
艶々と黒くて大きな 箱のようなものがあった。


あれは、なにかな?

じっと見つめた僕だけれど、
興味は 一瞬で 別のものに奪われた。