メアリについて屋敷に戻ると、遠くから音楽が聴こえた。
たどたどしく、しょっちゅう止まってしまう音楽。
きっと、ハイネ坊ちゃまが弾いてるんだね。

「お前は ここでお待ち。
 動かずに、おとなしくいるんだよ」

「はい」

メアリは足早に厨房を抜けていく。

言われた通り、じっとして 僕は目だけで見渡した。

ものすごく広い厨房。
壁には 初めて見る道具が 静かに掛けられている。
堂々たる棚には きらきら光る食器がたくさん。
ほんのりと 食べ物の匂いが残っていた。
お腹が鳴ってしまいそうな自分が恥ずかしい。


「っっわっ! びっくりした!」

頭の上で大きな声がした。
メアリのと よく似た衣装の、若い女の人。

「あ、お前がルウね?
 お坊ちゃまの遊び相手の」

何枚もの布の向こうから、丸い顔が覗いた。

「わたしはパディよ、よろしくね」

「はい」

僕の返事に パディはにこにこした。
院長先生がよく言っていたけれど、
やっぱり返事って とても大事なものなんだ。

「あら、お前、きれいな目ね」

「ありがとうございます」

「坊ちゃまも 洒落てるわぁ。
 ルウ、なんて名前 何かと思ったけれど、
 お月様なのね」

褒められて、僕は嬉しくなる。
彼女に負けないくらい、にこにこしてしまった。

「ほら、パディ! お客様がお帰りになりますよ。
 車を回すよう、エイハブに伝えておいで」

戻ってきたメアリの声に しゃきりと立ち上がり、
パディは荷物の山と一緒に行ってしまった。


「さて、お前はどこにやろうかね……。
 坊ちゃまのところかね」

メアリと僕は 音の源へ向かった。
今朝までいた施設とは まるで違う空気に、胸がどきどきした。

床は 優しい卵色の石造り。
太い柱には 高いところに燭台があって、
それは天井からも たくさん提がっている。
このお屋敷は、夜でも昼のように明るいんだろうな。