「ルウ、遊ぼう!」

「いけません、坊ちゃま。
 もうすぐ ワトキン先生がいらっしゃいますよ」

メアリにぴしと言われ、ハイネは小さい頬を膨らませた。

「お前は、こちら」

館に入っていく3人と離され、近くの平屋へ連れていかれた。

なに? なにをされるの?

「坊ちゃまのお側に お仕えするのなら、
 常に 清潔でなければならないよ」

女中頭のメアリは 僕にいきなり水をかけたのだった。

「汚いねぇ。ノミなど持ってないだろうね?
 全く、坊ちゃまも 物好きだこと……」


季節は夏へと向かっていて、寒くはなかった。
力任せの腕に 擦られるがまま、
僕は 彼女の言葉を噛みしめていた。


ものずき。

僕みたいなのが、こんなおやしきの人々に
拾われたこと。

お月さまのなまえまで もらえた。


それは、僕に何かがあったのじゃなくて、
レンデル家の、ハイネの興に 偶然 触れたから。

なんて頼りない よすがだろう。


胸に生まれていた 小さな小さな“わくわく”は、
麻布で拭かれるうちに、水気と一緒に 消えてしまった。

くやしい、とも かなしい、とも違う
切ないような 淋しいような気持ちが広がって、
涙がこぼれそうになったけれど、きつく 目を閉じて我慢した。






濃黄色のタイを 僕の首元に結び、メアリは言った。

「いいかい? お前の主人は坊ちゃま。
 だけど、坊ちゃまはまだ お小さいから
 おっしゃる全てを 信じてはいけないよ。
 坊ちゃまの主人は 旦那様と奥様。
 お前は お二方に従うんだよ」

「はい、分かりました」

「おや、お前、返事ができる子なんだね?
 そうやって いつも素直にしておいで」

メアリは 軽く僕の肩を叩いて
ほんのかすかにだけ 口元を綻ばせた。