何もかも 自由ばかりではないけれど、
薔薇の香りと 緑のささやきに囲まれて
太陽と月を 迎えることができるんだもの。

僕は心から幸せに思う。
もう、ちっとも 淋しくないんだ。



午後の風が 気取って 庭を過ぎていく。
赤い主役たちが 紳士然とした葉がかしずく中を
競い合って揺らめいた。

そのずっと向こうに、白壁のお屋敷。

はっとした。


僕とジョイスの 大きな違い。

家族を覚えていない僕と、覚えているジョイス。

彼女は 毎日、ここから
生まれ育った場所を 家族がいた場所を 目にしているんだ。



初めて、ジョイスの胸のうちを 想像できた。

ジョイスにとって、レンデル家に暮らすことは
悲しみと悔しさとでしか 表せないんじゃないか。



ぎゅう、と 喉の奥が熱くなったのと同時に、
僕は 全速力で走り出していた。


おぼろな濃淡の まろい石畳を蹴り上げる。
白壁のお屋敷だけを 目指して。



家族のいない家を眺めて、一人で悲しいなんて。

かぐわしさも さざめきも
朝露も夜霧も踊る風も
日々の声も 無視するように閉じてしまうなんて。


そんなのはもったいないよ、ジョイス。






時間を忘れたように 静まったお屋敷は、
なぜだか、近づくほど 褪せて見えた。

いけないことをするのだから、
僕はこっそり 生け垣の隙間から忍び込んだ。


主はいなくても、誰かの持ちものではあるんだろう。
レンデル家のより やや狭い前庭は
時々は 手入れされているような感じだった。

ぼうっとした白壁は ジョイスにそっくりだ。
遠くを眺めて、僕に気づきもしない。

反対に、生き生きと茂る 庭の植物たち。
凛として、ほのかに優しげな 白い花が咲いていた。