ジョイスは お屋敷の入り口近くで、
大きく豪奢な花器に 新しいお花を飾っていた。

「あの、僕に手伝えること ありませんか?」

決意に背いて、小さくなってしまう声。
それでも しんとしたホールで、彼女には聞こえたはず。

「……」

彼女は ほんのわずかな時間、手を止めて
そして何事もなかったよう、向こうへ行ってしまった。

悲しい、と思うよりも
ごめんなさい、と 謝りたくなった。
役に立てなくて、頼りなくて、ごめんなさい。








「エイハブに聞いたわよぉ。
 ルウ、何か 仕事が欲しいんだって?」

誰にも見つからないよう 薔薇園の隅にいたら、
前掛けを外して、パディが 明るく近寄ってきた。

「勉強もさぼるなんて、そんなに拗ねてたの?」

「違います」

「今日は わたしと街へ行こうか。おつかいよ。
 ちゃんと手順を覚えたら、次はルウに任せてもいいわ」

「行きます!」

勢いよく立ち上がると、パディは笑って頷いた。




旦那様たちとは違って、
僕らは 歩いてロウェスターへ向かう。

大人の足で 15分ほどだという その道すがら、
パディはいろんな話をしてくれた。

「レンデル家はね、元々 ドイツの商家なのよ。
 旦那様の おじいさまの代に イギリスへ移ってこられたの。
 おじいさまが成功して、財を成して、今があるのよ」

「そうなんですか……」

「旦那様は 生まれも育ちもイギリスで、奥様もイギリス人。
 だけど、今でも ドイツが恋しいんだって」

ふと、パディはそこで ちらりと苦く笑った。

「でも これから、どんどん帰りづらくなるわね……」


どういうことだろう?

僕は 隣を歩く彼女を見上げたけれど、
今の言葉に さらに説明は加えられなかった。