廊下を満たすよう 流れていた旋律も
雨音に弱められ、ところどころ ふつりと消える。

もしかしたら、2階に 天使はいないんじゃないかな。

そんなことも考えはじめた。

さらに上階には 何があるのかさえ、知らないのに。


「ルウ? ほら、先に行くよ」

急かされ、気づけば僕は ずいぶんと取り残されていた。

窓を開けられない分 しばし扉を開け放して、
パディは蜜蜂みたいに、次々と移動する。

ふと覗いた室内は 窓の横に豪奢な鏡台があった。
奥様のお支度部屋なのかな。


「あ、そこ、入ってもいいけど注意してね。
 大事なものが たくさんあるから。
 それに“お嬢さん”は
 騒がれるのが好きじゃないから」

また別の扉を開けながら、パディは言った。

でも僕の耳には そよ風みたいに
意味を成さない音となった。





天使がいるんだ!

僕は 躊躇なんか忘れきって、
しっとりと 空気がたゆたう室内へ飛び込んだ。


窓とは反対の壁際に 古い安楽椅子が置いてあり、
その柔らかそうな布地に 窓を眺めるようにして
アンナが腰かけていた。

鏡を通して、天使の青と目が合った。

途端、僕は急停止した。
冴えて大きな瞳は やっぱり拒絶の色を示したから。


僕は向きを変えて アンナを正面にしたけれど、
彼女は 外を臨んだまま、言った。

「……何か、ご用?」

静かな声は 空気さえ揺らさぬよう 小さく、短く、
薄い光も 彼女のために、そうあるみたいだった。


僕は何も考えていなかった。

“声が聞きたい”

それだけで、それすらも 今 叶ってしまったんだもの。


「話があるなら、扉を閉めてくれない?
 ひどいわ、聴くに堪えない音だから」