それは、題を知らないのだけど、
とても柔らかで 気持ちよい曲なんだ。

だから、レッスン中 僕はとても気持ちよく聴いていた。
少しずつ 滑らかになってきた旋律。
途切れることも減ってきた。

ただし今度は、僕が中断させてしまったり。
あんまり気持ちよくて、時々、思わず歌ってしまうんだ。

辟易したワトキン先生は、レッスンを邪魔してしまう僕に
「外で聴いていなさい」と 通告した。




なんて幸運!

坊ちゃまには とても心苦しいけれど、
天使を探しにいく 絶好の機会だ!

水を吸った 薄紫の外套をパディに預け、
お部屋に入った 先生を見届けてから
僕は すぐさま走り出した。


坊ちゃまが奏でる 飾り気ない 純粋な旋律。
扉から離れるにつれ、その音は次第に小さくなるけれど
僕の中では ずっと同じく流れていた。


天使はどこにいるんだろう?


朝、見かけるときは 必ず奥様といる。
メアリたちと一緒にいることはない。
ということは、彼女の居室は
奥様のお部屋の近くなんだろう。

僕が普段 行き来するのは、お屋敷の1階がほとんど。
1階は 玄関ホールや最奥の厨房、大きな広間や応接間。
天使が休む場所は ひとつもない。

2階は、坊ちゃまの部屋の他は
入ることを許されていないお部屋ばかりだ。
だけど、今しかないんだ。


心臓がいろんなものに背を押されて、
体中に 緊張した拍動を巡らせている。

全ての窓が灰色のせいで、卵色の床は 乾いた木の色に見えた。
太い柱は いつもより 強く厳しく立って、
僕を見咎めているみたいだ。