「雨が降ったら、アンナに会えるよ」

坊ちゃまの言葉に 耳を疑った。

雨が降れば 外で遊べない。
僕は 坊ちゃまのお役に立てない。
だけど、天使に会えるの?

「アンナは雨が嫌いだから、
 雨降りの日は 母様にお供しないんだ」

悲しい気持ちになるばかりの
濁り 曇る 冷たい空を
僕はこのときから 渇くほど乞うようになった。





だけど季節は 濡れた薄衣を脱ぎ捨て、
日差しの冠を戴こうとしていた。

来る日も来る日も ロウェスターの空は明るく、
凛々しい青さを増していくようだった。

アンナは 毎日出かけてゆく。
またエイハブにからかわれるから、
僕は 坊ちゃまのお部屋から、こっそり見送っていた。

どうか今日も 天使が帰ってきますように。
毎日 空に向かってお祈りしていたよ。



そんな日が どれくらい続いただろうか。
ようやく 厚い雲が雨をもたらした。

低く唸りながら近づく 雷に促され、
太陽は 雲の盾に顔を隠す。

目が覚めて、朝を謳う光の弱さを知って、
僕は 全身に何かが満ちるのを感じた。

雨だ!

全く、おかしいよね。
かつて 氷混じる雨に、命を奪われかけたというのに。




いつものように、旦那様と奥様が
茶色の飛沫を上げる馬車で出かけていった。
アンナがお供しなかったことは、ちゃんと確かめた。

そうして、雨はもうひとつ 幸運を分けてくれたんだ。

この日の朝一番は ワトキン先生だった。

坊ちゃまはまだ、僕が来た日の曲をお稽古している。
ワトキン先生は厳しくて、もう何度も何度も。
僕が そらで覚えてしまったくらい。