雨が降ってくれればいいのに。


幸せな思い出がないし、薔薇たちは 紅が陰るし
雷なんか 悪魔みたいに怖いし、
だから そんなことを願うのは初めてだった。

坊ちゃまと一緒に外へ出ても
僕は 道の向こうばかり眺めていた。

いつもみたく 楽しく追いかけっこできる
気持ちじゃなかった。

こんなふうに 締めつけられるくらいなら
雨が降るせいで、お屋敷に留まって
水の暗幕に 外が見えない方がいい。


「どうしたの、ルウ。
 あっちに何かあるの?」

坊ちゃまに問われて、僕は胸が苦しくなった。

天使は売られてしまうの?


「ルウは“お嬢ちゃん”が
 気になって気になって、仕方ないんでさぁ」

近くで 手際よく芝を刈り込んでいたエイハブが
呆れるように、おもしろがるように、
ブラシみたいな眉毛を 上下させて言った。

「エイハブ、違うってば!」

「アンナのこと?
 ルウ、アンナが好きなの?」

「坊ちゃま!違いますっ」

恥ずかしさでいたたまれなくて、
僕は 力いっぱい否定しながらも

“アンナ”という名前に、さらに胸が苦しくなった。


欲ばりで わがままなのだけど、
僕にとっての君は 天使で、光と同じで

まだ かすかに 面影を捉えただけだというのに
失われてしまうのは 辛かったんだ。



「僕もアンナが好きだよ。
 だけど アンナは母様のものだから
 一緒には遊べないんだよ」

じゃあ、奥様にお願いすればいいのかな。

「それに、アンナにはお仕事があるからね」

棚に並ぶこと?