「お前は 坊ちゃまのよき“共犯者”ね。
 お前がいるから、旦那様は坊ちゃまだけを叱れないし、
 坊ちゃまがいらっしゃるから、
 お前も ひどい仕置きは受けないんだよ」

“共犯者”。

僕に全てを与えてくれた ハイネ坊ちゃま。
主であるとともに、時には
一緒の目線で悪戯をする レンデル家の“共犯者”。

子供心に くすぐったい称号だった。


陽が昇れば 目が覚める。
そこは 何もない壁と床ではなくて

盛んに煮え立つ鍋や、パディらの小刻みな足音や、
エイハブがお世話する 馬のいななきや
萌える芝生の 輝かしい緑や
風に揺れて漂う 薔薇のかぐわしさや

音と色に彩られた まるで夢のような場所。


なのに、僕は おこがましいと知りつつ、
さらなる夢を見始めたのだった。

“天使の声を聞いてみたい”と。

坊ちゃまにかしずき、旦那様と奥様に従い
メアリたちと お屋敷のうちを忙しく立ち回る
全てに満ち満ちた 新しい暮らしの中で。





あれは、アンナの名を知った日のこと。

僕は、奥様とともに 天使が乗った馬車が
街へ向かって 出発するさまを眺めていた。

「どうした、ルウ?」

庭師を兼ねるエイハブが、大きな樽を抱えてやってきて
僕の視線を追った。

「何でもないです」

「ははぁ、お前、“お嬢ちゃん”を
 見てたんだろう?」

「違いますっ」

僕は慌てた。

「“お嬢ちゃん”は 大事な商売道具だぞ?
 いいか?ちょっかいなんか出しちゃ、絶対にだめだ」


あの子が、商売道具?

あの子は、いつか売られてしまうということ?


道の彼方に見えなくなった 馬車の代わりに
朝一番の先生が乗った それが見えてきたので、
僕はもう 戻らなければいけなかった。
もっと詳しく、エイハブに尋ねたかったのだけど。