アンナを目にして、僕は
ここが 天使の住まうお屋敷なのだと思った。


優雅に流れる 長い蜂蜜色の髪の上には
いつだって 光が宿っていたし、
華奢な後ろ姿には、翼だってあったかもしれない。

白磁の顔は 残酷なまでに整った輪郭を持ち、
眠る雪原のような そこへ据えられた
ふたつの 青といったら、

片方ずつに それぞれ 空と海が沈んでいるのだ、と
言われたとしても 信じることができた。


天使は 瑣末なものなど気に留めぬもの、ふうに
アンナは僕に 目もくれなかったけれど

僕は 君を天使だと思っていたから、
神々しいあの子の瞳は 高みにあるものだけを
映すのだろう と、いつかそれを教えてほしいな と
ただ 憧れていたんだ。






「ルウ、追いかけっこしようよ〜」

「いけません、坊ちゃま。
 まだ たくさん残ってらっしゃいます」

ベッドほどに大きい文机、上品な線で形づくられた椅子。
床につかない足を揺らして、坊ちゃまはため息をつく。

ヘイゼル先生が与えていった、算数の宿題。
坊ちゃまは 算数が苦手らしい。
……僕も得意じゃあないけど。

「なんだか、ルウったら、メアリみたいだ」

「そうですか? でも、当たり前です。
 僕が坊ちゃまの友達なのは、お庭でだけですから」

「ねえ、ルウ。こんなにお天気がいいんだよ?
 ルウだって外で遊びたいだろう?」


メアリを見習いたいものの、僕はここで返事に詰まる。

それは、いつもの反則攻撃だ。

長い時間 部屋でじっとしている僕が、
坊ちゃま以上に 外へ出たがっているのを
知っていて、“共犯”になろうと 囁く言葉。

お勉強を放り出したことを
戻った旦那様と奥様に 叱られる僕らを見て、
パディが教えてくれた言葉。