ラナルフがリーシャの元に怒鳴り込んできてから一週間ほどたつが、カトリーヌはピタリとリーシャの所に来るのを止め、ラナルフのところに入り浸っているらしかった。その代り、毎日の様に図書室に現れるようになったのはラナルフの兄であり、グレイリーの第一王子であるアスタールで、リーシャは目の前に座って仕事をするアスタを一瞥して、軽く嘆息する。


 「リーシャ。溜息なんか吐くと、僕に幸せを獲られるよ?」

 「溜息ごときで無くなるような幸せなら要らない。けど、私の幸せを考えるならこうして私に仕事を手伝わせるのはやめて欲しいんだけど?ただ厭味を言って読書の邪魔をする彼女より性質が悪い」


 図書室に居るのにも関わらず、リーシャの前に広がっているのはリーシャが読みたいと思っている本でも何でもなく、書類の山。
 勿論、国務にリーシャが直接手を出すことはできないから、手伝いと言ってもアスタが処理しやすいように書類の内容を簡潔にまとめたり、資料を添えたりとするだけなのだが、どう考えてもアスタが実際に行っている仕事よりリーシャがしている仕事の方が手間が掛かる。
 リーシャが眉を顰めながらも手を動かしているのを見ながら、アスタは爽やかにほほ笑む。


 「使えるものは使う主義なんだ。仕事も早いし、整理してもらった書類は見やすいし、使えない文官達よりリーシャの方がよっぽど役に立つ。それに、リーシャとも一緒にいられる。
 それとも、僕よりラナルフの方を手伝いたい?」

 「それは何より。ところで、これはいつまで手伝わなきゃならない?」

 「やっぱり、ラナルフが気になる?」

 
 にっこり、と笑うアスタにリーシャは首を横に首を振る。


 「そうじゃなくて、もうカトリーヌの件の借りは返し終わったと思うんだけど」