アスタが去った後、暫く本に没頭していたリーシャだが不意に聞こえた扉を開く音に顔を上げる。

 
 上げた視線の先に居たのは、毎日見ている代り映えのしない顔。
 その見慣れたラナルフの表情には不機嫌さがありありと現われていた。


 「珍しい。どうせ後半刻後にはそっちに行ったのに、急用でも?」


 半刻後には夕食がある。
 夕食は一緒にとり、そしてその後は二人で“同じ空間”で過ごす。それが今のところ、未だに会えないラナルフの母へ、ラナルフがそれだけリーシャにと結婚したがっていると思わせる為にした処置。
 実際には、同じ空間にいるだけで、ラナルフはリーシャが言ったとおり部屋でもできる政務を、リーシャはリーシャでラナルフの自室に置いてある本を読んだり、惰眠を取ったりと二人ともそれぞれ好き勝手に行動していた。
 それでも一緒にいることには変わりがないし、何よりたった半刻も待てない程の用があるのだろうか、と首を傾ぐ。


 「何が、急用でも?っだ、白々しい!」

  
 吐き捨てるようにラナルフは怒鳴る。
 静かな図書館なだけにラナルフの声は大きく響く。
 そんなラナルフにリーシャは飽きれ交じりに嘆息する。