「そのお陰で準備は整っている。
今日は羽織袴で決めてみた。どうだろうか?」

口から零れるテノールの声は、ひたすら耳に心地良い。
自分に陶酔していないその眼差しは、一般的な人と同じように真っ直ぐに僕を見ていた。間違っても僕の瞳の中に映る自分の姿をうっとり見つめている、いつもの殿とは別人だ。

正直、霊に取り憑かれるっていうのは、かなり悪いことが起きそうな……。
こう、ネガティブなイメージしか持ってなかった俺だが。

目の前の殿は、ものすごく好人物になっている。
なんていうか、殿持ち前の、芸能人でもなかなか持ち合わせないような素敵なルックスをそのまま生かし、おかしなナルシスト度合いとアホさ加減を全て差っぴいた……とでも言えば良いのだろうか。

ただのカッコイイ、素敵な好青年がびしりと羽織袴を決めて真正面にカメラのほうへと向いているのだ。

「はぁ……殿、素敵ですね」

俺はうっとりと言葉を漏らす。
別に男色の趣味は無いが、俺が女だったらこの瞬間恋に落ちていてもおかしくはない、とは思う。

そのくらいひたすらに全うなのだ。

日常的に行動・言動が不審に満ちていて、ひたすらに自己愛の塊であることを周りにアピールすることでのみ自己の存在を認識しているような、あの、殿が。
今はまるで別人。……もちろん、良い方に。


しばらくシャッターを落とし続ける。
いつもみたいに、宝塚歌劇団でしか見たことが無いような変わったポーズなど、一切とらないので、撮影はいたって順調だ。
難を言えば、普通すぎてツマラナイ。

こんな風に感じたのは、ここに入部して初めてだ。


除霊するなんてもったいない!!
周囲の人のためにも、殿本人のためにも、このまま一生を過ごしてもらったほうが良いのではないだろうか。