「でも、ですね」

俺は思わず言葉を挟む。

「今の殿のほうが、ずっとまともじゃないですか?」

「確かに」

剣道さんが、こくりと頷いた。

「人としてはまともね。
『殿』としては、寒気がするほどオカシイケド」

ど、どういう意味なんだろう。
なんとなく剣道さんが言わんとせんことが分かる自分がちょっとヤダ。

「このままにしておけば、立派な社会人になるんじゃないですか?」

これぞ世のため人のため、だ。
かつてこんなに歓迎される霊がいただろうか。

かちゃり、と、扉が開く。
殿がひょっこり顔を出した。

「どうしたんだい、君たち。
僕がこんなにイケテルからって近づき難いのは分かるが、一人で放っておくことはないじゃないか」
……などとは、言わなかった。

「もう、用事も済んだから俺は部活に行って来る。じゃ」

ひらりと、ほんの一瞬軽く片手を挙げると、殿が颯爽と歩いていく。
あの肩で風を切っている感じが素晴らしく絵になる。

霊に取り付かれる前の殿のことを知らない人が、この姿を見れば、10人中10人が振り向くこと必至の、美貌と常識を持つ人がそこに居た。