「なぁ、バナナ。お前、これから予定ないだろ?」

何に使うのかもよく分からない写真撮影の後、1階部室で、俺の常備食であるバナナを食べながら休んでいたら、着替えてきた殿に声を掛けられた。
予定ないって決め付けてんじゃねぇ!って啖呵を切れればかっこいいんだろうが、実際、俺に予定はない。

「……はぁ、まあ」

曖昧に頷いて、流れてくる汗をハンカチで拭く。
ちなみに今は秋、ここの室温約20度。常人ならば快適極まりない季節であることは、できれば伏せておきたい。

「だと思った」

失礼きわまりない殿……残念だがこの男、写真部部長でもある……はニカっと、人好きのする笑顔をその端正な顔に浮かべる。

「今から飛びっきりの美女に合わせてやるからさ、ありがたく付き合え」

そういうと、さっさと部室から出て行く。一般部員の「ご愁傷様」という視線を浴びながら、俺はバナナの皮をゴミ箱に投げ捨てると、慌ててそのすらりとした背中を追った。

殿はその長い足ですたすたと歩いていく。俺とのリーチの差なんて微塵も気に掛けちゃくれない。お陰で俺はその背中を追っていくのが精一杯で。だからまさか、既に校舎を飛び出していることにも気づかなかった。

そういえば、無意識のうちに上履きから靴へと履き替えている。
人の背中を一心不乱に追っていくっていうのは、催眠術に似た効果があるんだなと変なところで感心してしまう。

いや、そんな場合じゃない。

「殿。俺、荷物全部部室に置いてるんですけど」

慌てて言って見る。
手ぶらの殿は、一瞬俺を振り返ってキラッと笑う。
その笑顔だけで、女性ならず男性すらも振り返りそうな勢いだが、生憎俺にその手の趣味は無い。何度も言うが、俺が好きなのは三次元の女性だけ。

「どうせ学校で使うものだろう?明日持って帰ればいーじゃん。
それより、美女だって、美女。
これを逃すと死ぬまで口が利けないような、飛び切りの美女を保証してやる」

はぁ。
そんな嘘っぽい言葉にまんまと載せられて、滲む汗を拭きながら必死で殿の背中を追っている俺ってさ、もう、それだけでだいぶ哀れな方に分類されたりしてるんだろうな。