どれほどぽかんとしていたのだろう。
俺は我に返ると、自分のカバンを手に取った。
そろそろ教室に行かないと、予鈴がなっちまう。

その時、がたん、と、部室の扉があいた。

「あ~ら、おっはよう☆」

口調だけみたら、とても可愛らしい女性の挨拶かと思うだろうが、違う。
とてつもなくマッチョで、がしりとした、どちらかといえばゴリラに似た感じのうちの写真部顧問である。そうそう、趣味が筋トレって紹介した、例の教師だ。

「おはようございます」

しかし、とっくに先生は俺のことなんて見ていない。
いまや何も置いてない部室のテーブルを丹念に眺めていらっしゃる。両手の小指が立っているのは、ご愛嬌?

「あら、嫌だわ。
ねぇ、ここに置いていた写真知らない?
昨日私が折角現像したのに」

ねぇ?と、オネエ口調の低い声で問われて、背中にぞぞっとしたものが走る。
馴れない。
どうしても、この人と喋るたびに、このゴツイ顔にオネエ口調のマッチョな男をどうして教師として採用したのか、学校側に問いただしたい衝動が走る。

「えっと、そこにあった写真ならさっき殿が持っていきました」

まぁ、生徒としてはそんな暴動にも走れないので俺はいつものように丁寧に答える。

うふん、と、先生が身をくねらせて微笑んだ。

ぞくぞくぞく、と、背中に何かが走っていく。これを世間では虫唾って言うんだろうか?

「あっら~、殿が持って行ってくれたんだ。
嬉しいわー、私の愛がぎゅぎゅっと詰まってるものね。
さぁ、もっかい現像しよう~っと。殿の写真、私の部屋にも飾らなきゃ☆」

ハートマークが10個くらい散りばめてある口調で、先生が言う。
何度も言うが、このお方、見た目はマッチョなおっさんだ。

……いまさら説明する必要もないだろうが、この教師、熱狂的な殿のファンなのである……


俺は、朝からもう、一日分の気力・体力を全て使い果たしたようなげんなりした気分になって、それでなくても重たい身体を引きずりながら、教室へと向かった。