「すみません、妙なことをお訊きして」

と、楓は素直に謝罪した。

この霊は、悪いものではない。さみしくて、孤独で、その上かわいそうなまでに無力で憐れな存在だ。

―― いえ、こうして会話ができますだけでも、嬉しゅうございます ――

と、女性がふわふわ、楓の前まで戻ってくる。

その目が、また戸惑いに揺れた。

―― もしや ――

と、呟き、ゆらゆら明滅する骨のように白い指が、楓らの来た方向――宿のほうを差す。

―― 今しがた聞こえた、声にございますか? ――

「声……?」

―― 聞こえましてございます。今しがた、それは恐ろしゅう声で、死んでしまえ、死んでしまえ、と ――

それはつまり、この霊とは違うなにかが、何者かが、あの宿で、自殺を強要しているということ。

あの自殺が、本人の意思によるものではないと確証だった。

楓はひとつうなずく。

「ありがとう、助かります」

―― いいえ、私こそ、ほんに助かりました。貴方と巡り逢え、成仏できますゆえ ――

言い終わるが早いか否か、女性の体が、明滅を繰り返さなくなった。

ただ、消えるばかり。

そして、霊はいなくなった。