「きゃあああーっ!!」
そんな誰かの叫び声で、ハッと我に返る。
「なんの騒ぎだっ…!?」
駆け付けてきた先生が絶句する。そこには倒れた芽流と、包丁を持っている私がいるんだから。
「…おいっ!誰か救急車呼べ!」
「ちょっと、あなた!何してるの!?」
女の教師に肩を掴まれ、泣きそうになる。私だって、こんなことしたくてやったわけじゃないのに。
女の手を振り払って、全力で走る。「待ちなさい!!」という声が聞こえたけど、お構いなしに逃げた。
騒ぎを聞きつけた他の生徒たちも、ちらほらと廊下に出ている。そこには、見慣れた顔もあった。
「…アオ先輩…?」
部活の後輩。きっと、心から私を信頼していたであろう子。ごめんね、と呟いて、全速力でダッシュする。
あっという間に外に出て、困惑する。どうして、小雨が降っているんだろう。
そんなの、考えている暇ない。逃げないと、逃げないと――。
でも、どこへ行けばいいの?家?いや、きっと特定されて逃げられない。公園に行く?そんなの一番逃げ場がない気がする。
ああ、どうしよう、どうしよう。どこへ行けばいいのかも分からないまま、私は走る。
ザーッと雨が降り始める。大雨。土砂降りになってきたようだ。
どうしていつも辛い時に、大雨が降るんだろう。そんなの、漫画の世界とかでしかあり得ないと思っていたのに。
ビチャ、ビチャと音を立てながら、全力で脚を動かす。もう、疲れたよ。
そう思った瞬間、全身の力が抜ける。足を踏み外して、思いっきり転んでしまう。
「…いっ、た」
転んでる場合じゃないのに。早く逃げないといけないのに。
急がないと、殺される――
「…アオ!!!」
いつも私の名前を呼んでくれる、聞き慣れたあの声。
なんで、なんでいるの?どうして私を追ってきたの?ねえ――。
「…るい」
振り返ると、やっぱりそこにはるいがいた。息を切らして、私を見つめている。
「…アオ」
「…ごめんなさいっ、ごめんなさい…!お願い、殺さないで!!」
やめて、やめて。私を殺さないでよ。怖いよ。謝るから。
怖いよ、怖いよ。
〝ごめんで済んだら警察はいらねーっての!!〟
そんなの知ってる。遠い昔、そう言われたことがあるから。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。ごめんなさい、ごめんなさい。どうか、私を殺さないで。
「…アオ」
るいはそう言って、ふっと微笑む。いつものような笑顔で、変わらない笑顔で。
そんな笑顔に、酷く恐怖を感じた。
「…大丈夫だよ、殺したりなんかしない」
「…本当?」
ザーッ、と大雨の音が強くなる。全身に打ち付けられる雨が、もっと強くなって、痛くなる。
「本当だよ。だから、泣くなって」
いつもの笑顔で、るいはそう言う。生暖かい水が頬をつたっていることに、初めて気がついた。
「…あ、ごめっ…」
芽流を、殺してしまった。一気に罪悪感と後悔、悲しみが私を襲う。
「…私、大切な親友を…殺しちゃったんだよ…?これから先、背負って生きていくの…?」
一生、罪を背負いながら。警察から、逃げながら。芽流の恨みを、背中に乗せて。
「そんなの、死んだ方がマシだよ…」
罪滅ぼし。芽流を殺してしまったんだから、私は死んだ方がいいだろう。
でも、殺されるのがどうしようもなく怖い。誰かに突然生命の終了を告げられるなんて、怖すぎる。
「…アオ」
「るい、私どうしたらいいの!?好きな人も、親友も失ってっ…、これから先、生きていけないよ!!」
その親友は、私が殺めてしまった。自分から大切なものを手放してしまった。
「るい、私っ…もう死にたいよ!!でも、殺されるのが怖い…!理不尽だって分かってるけど、本当に、怖いの!!」
自分は人を殺したくせに、何様だよって自分でも思う。
「嫌だ、芽流を殺してまで生きたくない…!でも、殺されるのも怖い…!ねえ、るい!!私はどうしたらいいの!?」
最後の逃げ道で、るいに助けを求める。ねえ、るい。私はどうしたらいいの?
るいは複雑な表情を浮かべて、私を見つめる。顔も身体も、雨でびしょびしょだ。
「…ごめん、迷惑だよね…。はは、私、何やってるんだろ」
震える声で、そう言う。私、本当になにやってるんだろ。
好きな人が親友に殺されて、その親友を殺して。芽流が大切なことに変わりはないのに、憎らしく思って殺してしまった。
勿論、今でも恨んでいるし、大切に思う気持ちもある。でも自分が殺してしまったら、元も子もないじゃないか。
「…その、包丁」
るいが、震える声でそう言ってくる。もしかしたら、るいも泣いているのかもしれない。
私の手の中には、一つの包丁が握られている。雨で血が流されたけど、完全には落ち切っていない血液が付着している。
それを見て、ゾッとする。これは、芽流の血だ。
「その包丁でさ」
この、包丁で。私は芽流を殺した。
いつもと少し違う、震えたるいの声が、頭の中に響く。
「一緒に死のうよ」
「…一緒に?」
それって、自殺ってこと?
「自殺?」
「そう。一緒に死ねば、怖くないだろ?」
一緒に死ねば、怖くない。
その一言が、私の背中を押した。
「追われるより自分から終わりにした方が、いいん、だよね…」
誰かに殺されるよりも、自分で自分を殺した方が。
ずっと、楽なのかな。
「…大丈夫だよ、俺も一緒だから」
「…るいは、生きなきゃダメだよ」
るいは、何もしていないんだから。これから幸せになって、生きてよ。
心も、芽流も、私も。みんないなくなっても、でも。るいは幸せになってよ。
「るいは、幸せにならないと…だめだよ」
そんな私の言葉を遮るように、るいは言う。
「俺、もう生きたくないや」
困ったように、ふっと笑った。
「みんな、みんな失っちゃったからさ。アオも死にたいんだろ?俺もついて行くよ」
「…でもっ」
「俺は、もう疲れた」
るいは、疲れたんだ。
だったら、楽にさせた方が、いいのかもしれない。
一緒に楽になった方が、いいのかもしれない。
「…分かった。ごめんね」
「謝ることないじゃん」
語尾に「笑」が付きそうな言い方。つい、泣きそうになる。
「…ごめんね」
「だから、謝んなって。アオらしくないじゃん!」
背中をバンッと叩かれる。ああ、いつものるいだ。
「…一緒に、楽になろう?」
「なにそれ、ポエマーみたい。最後までるいらしいね」
「それ褒めてる?」
「褒めてるよ」
「…ありがと」
「…じゃあ、またね」
「…うん、またね、るい」
私は親友を殺した、人殺し。
それでも私は、親友を愛していました。
大好きです。
心、あなたに出会えてよかった。
愛しています。
るい、ずっと友達でいてくれてありがとう。
自殺という手段に、巻き込んじゃってごめんね。
ありがとう。
地面に飛び散る、真紅の血。
きっと二人の血液も、雨が流してくれるだろう。
痛いけど、痛くない。
一緒に、楽になれるから。
そんな誰かの叫び声で、ハッと我に返る。
「なんの騒ぎだっ…!?」
駆け付けてきた先生が絶句する。そこには倒れた芽流と、包丁を持っている私がいるんだから。
「…おいっ!誰か救急車呼べ!」
「ちょっと、あなた!何してるの!?」
女の教師に肩を掴まれ、泣きそうになる。私だって、こんなことしたくてやったわけじゃないのに。
女の手を振り払って、全力で走る。「待ちなさい!!」という声が聞こえたけど、お構いなしに逃げた。
騒ぎを聞きつけた他の生徒たちも、ちらほらと廊下に出ている。そこには、見慣れた顔もあった。
「…アオ先輩…?」
部活の後輩。きっと、心から私を信頼していたであろう子。ごめんね、と呟いて、全速力でダッシュする。
あっという間に外に出て、困惑する。どうして、小雨が降っているんだろう。
そんなの、考えている暇ない。逃げないと、逃げないと――。
でも、どこへ行けばいいの?家?いや、きっと特定されて逃げられない。公園に行く?そんなの一番逃げ場がない気がする。
ああ、どうしよう、どうしよう。どこへ行けばいいのかも分からないまま、私は走る。
ザーッと雨が降り始める。大雨。土砂降りになってきたようだ。
どうしていつも辛い時に、大雨が降るんだろう。そんなの、漫画の世界とかでしかあり得ないと思っていたのに。
ビチャ、ビチャと音を立てながら、全力で脚を動かす。もう、疲れたよ。
そう思った瞬間、全身の力が抜ける。足を踏み外して、思いっきり転んでしまう。
「…いっ、た」
転んでる場合じゃないのに。早く逃げないといけないのに。
急がないと、殺される――
「…アオ!!!」
いつも私の名前を呼んでくれる、聞き慣れたあの声。
なんで、なんでいるの?どうして私を追ってきたの?ねえ――。
「…るい」
振り返ると、やっぱりそこにはるいがいた。息を切らして、私を見つめている。
「…アオ」
「…ごめんなさいっ、ごめんなさい…!お願い、殺さないで!!」
やめて、やめて。私を殺さないでよ。怖いよ。謝るから。
怖いよ、怖いよ。
〝ごめんで済んだら警察はいらねーっての!!〟
そんなの知ってる。遠い昔、そう言われたことがあるから。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。ごめんなさい、ごめんなさい。どうか、私を殺さないで。
「…アオ」
るいはそう言って、ふっと微笑む。いつものような笑顔で、変わらない笑顔で。
そんな笑顔に、酷く恐怖を感じた。
「…大丈夫だよ、殺したりなんかしない」
「…本当?」
ザーッ、と大雨の音が強くなる。全身に打ち付けられる雨が、もっと強くなって、痛くなる。
「本当だよ。だから、泣くなって」
いつもの笑顔で、るいはそう言う。生暖かい水が頬をつたっていることに、初めて気がついた。
「…あ、ごめっ…」
芽流を、殺してしまった。一気に罪悪感と後悔、悲しみが私を襲う。
「…私、大切な親友を…殺しちゃったんだよ…?これから先、背負って生きていくの…?」
一生、罪を背負いながら。警察から、逃げながら。芽流の恨みを、背中に乗せて。
「そんなの、死んだ方がマシだよ…」
罪滅ぼし。芽流を殺してしまったんだから、私は死んだ方がいいだろう。
でも、殺されるのがどうしようもなく怖い。誰かに突然生命の終了を告げられるなんて、怖すぎる。
「…アオ」
「るい、私どうしたらいいの!?好きな人も、親友も失ってっ…、これから先、生きていけないよ!!」
その親友は、私が殺めてしまった。自分から大切なものを手放してしまった。
「るい、私っ…もう死にたいよ!!でも、殺されるのが怖い…!理不尽だって分かってるけど、本当に、怖いの!!」
自分は人を殺したくせに、何様だよって自分でも思う。
「嫌だ、芽流を殺してまで生きたくない…!でも、殺されるのも怖い…!ねえ、るい!!私はどうしたらいいの!?」
最後の逃げ道で、るいに助けを求める。ねえ、るい。私はどうしたらいいの?
るいは複雑な表情を浮かべて、私を見つめる。顔も身体も、雨でびしょびしょだ。
「…ごめん、迷惑だよね…。はは、私、何やってるんだろ」
震える声で、そう言う。私、本当になにやってるんだろ。
好きな人が親友に殺されて、その親友を殺して。芽流が大切なことに変わりはないのに、憎らしく思って殺してしまった。
勿論、今でも恨んでいるし、大切に思う気持ちもある。でも自分が殺してしまったら、元も子もないじゃないか。
「…その、包丁」
るいが、震える声でそう言ってくる。もしかしたら、るいも泣いているのかもしれない。
私の手の中には、一つの包丁が握られている。雨で血が流されたけど、完全には落ち切っていない血液が付着している。
それを見て、ゾッとする。これは、芽流の血だ。
「その包丁でさ」
この、包丁で。私は芽流を殺した。
いつもと少し違う、震えたるいの声が、頭の中に響く。
「一緒に死のうよ」
「…一緒に?」
それって、自殺ってこと?
「自殺?」
「そう。一緒に死ねば、怖くないだろ?」
一緒に死ねば、怖くない。
その一言が、私の背中を押した。
「追われるより自分から終わりにした方が、いいん、だよね…」
誰かに殺されるよりも、自分で自分を殺した方が。
ずっと、楽なのかな。
「…大丈夫だよ、俺も一緒だから」
「…るいは、生きなきゃダメだよ」
るいは、何もしていないんだから。これから幸せになって、生きてよ。
心も、芽流も、私も。みんないなくなっても、でも。るいは幸せになってよ。
「るいは、幸せにならないと…だめだよ」
そんな私の言葉を遮るように、るいは言う。
「俺、もう生きたくないや」
困ったように、ふっと笑った。
「みんな、みんな失っちゃったからさ。アオも死にたいんだろ?俺もついて行くよ」
「…でもっ」
「俺は、もう疲れた」
るいは、疲れたんだ。
だったら、楽にさせた方が、いいのかもしれない。
一緒に楽になった方が、いいのかもしれない。
「…分かった。ごめんね」
「謝ることないじゃん」
語尾に「笑」が付きそうな言い方。つい、泣きそうになる。
「…ごめんね」
「だから、謝んなって。アオらしくないじゃん!」
背中をバンッと叩かれる。ああ、いつものるいだ。
「…一緒に、楽になろう?」
「なにそれ、ポエマーみたい。最後までるいらしいね」
「それ褒めてる?」
「褒めてるよ」
「…ありがと」
「…じゃあ、またね」
「…うん、またね、るい」
私は親友を殺した、人殺し。
それでも私は、親友を愛していました。
大好きです。
心、あなたに出会えてよかった。
愛しています。
るい、ずっと友達でいてくれてありがとう。
自殺という手段に、巻き込んじゃってごめんね。
ありがとう。
地面に飛び散る、真紅の血。
きっと二人の血液も、雨が流してくれるだろう。
痛いけど、痛くない。
一緒に、楽になれるから。



