求愛過多な王子と睡眠不足な眠り姫

 わたしは3大欲求のひとつである『睡眠』を大切にしている。
 大手寝具メーカーへ入社したのもより良い睡眠環境を整えるため。先日、社員割引制度を活用し枕を購入、最大目的は弊社アイコン商品『オーロラベッド』を入手する事であり、出世や昇進などこれっぽっちも望んでいない。

 いないのに……

『辞令 茨ミント殿 
 営業部への転属を命じます』

 目の前で瞬く用紙。
 わたし、夢でも見ているんだろうか?




「やぁミント、おはよう! 掲示板の前で随分と固まっていたそうだね?」

 段ボールを抱えるわたしを出迎えた男性。同期であり、今日から上司となる朝岡君だ。

「総務部から営業部への転属は戸惑う事もあるだろうが、よろしく頼むよ」
「むしろ戸惑う事しかない気がしますけど」
「ん?」

 わざと聞こえない振りをしている。朝岡君が掴みどころがない性格であるのは重々承知しているし、この望まない転属に不満を並べ立てても仕方がない事は骨身に染みていた。

「わたしの席はどちらでしょう? 荷物を置きたいです」
「あそこ。俺の近く」

 既に出払っているのか、室内には朝岡君しかいない。示された席と部を率いる彼のポジションを眺め思考を切り替えた。
(よし、諦めよう)

「朝岡部長とお呼びしますね」
「なら僕もミントはやめて茨にする。これで健全な上司と部下の関係だ。文句はない?」
「不適切な関係であったような言い回しはやめて下さい」
「はは、つれないな。一緒のベッドで眠った仲じゃないか?」

 言い返されるより先にサッと段ボールを奪う。軽々運ぶ背中を無言で睨む。

「熱い視線、もしかして僕に未練があるとか?」

 ひょうひょうと振り向きニカッと笑う。この8等分したスイカみたいな笑顔に騙されてはいけない。

「ありません、これっぽっちも。公私混同するタイプは嫌いです」
「それを君が言うの? まぁいいや、どうあれ逃がすつもりはないからーー茨さん」

 覚悟しろ、そう言外に込められた意図が聞こえた。
 この名が表す通り、わたしは茨の道を歩かされるのだろう。
 ここは会社経営の最前線、第一営業部より見下ろす景色へため息を吐く。